睦まじく祝う月





 なかなか楽しそうな正月を送ったみたいだな。でも今度は皆で行こうぜ〜。だってたぶん小十郎なら、きっと雪滑りだってなんだってこなしてしまう筈だしなッ!
 あ?何だよ、その冷ややかな視線はッ!!
 いいじゃねぇかよ、それくらい言ったってッ!
 OK,OK,解ってるって。じゃあ、俺の正月の出来事を話すからよ。
 俺と小十郎はまあ、まったりと新年を迎えたぜ。元親のところから貰った餅で雑煮を食ってだな、朝風呂に入って、のんびりマラソンを観てた。そしたら、けたたましく奴の電話が鳴るんだよ。

「だから今年は帰らないと…え?」

 うんざりしたみたいに小十郎は額を押さえていたんだ。俺はそれを見上げながら、小十郎が俺にくれた伊達巻っていう卵焼きみたいな、甘いのを食べてた。
 伊達巻って旨いのな――ッ。俺、あれ気に入ったぜ。

「――解りました。じゃあ、昼過ぎに出るので夜には」

 はあ、と溜息をついて小十郎は声のトーンを落とした。三が日、一緒に過ごすって言っていたのに…と、ちょっとだけ嫉妬した。
 手にした伊達巻は半分形をなくしていて、俺はそれを抱えたままで小十郎の会話に耳を澄ませていた。

「すまん、政宗。やっぱり実家に行くことになった」
「Tsee,じゃあ、俺は大人しく留守番してる。本体の中で寝てるから…」
「顔上げろ、な?」

 こつん、と小十郎の指先が俺の額に当たった。俯いていくと、指先で上を向くように促がされる。しぶしぶ顔を上げると小十郎は一瞬だけ眉を潜めてから、ふう、と溜息をついた。
 そんな落胆のような仕種をされると、どうにもこうにも胸が苦しくなる。手にした伊達巻を引きちぎる勢いで、ぎゅっと握っていると小十郎が頬についていた卵のかけらを拭ってくれた。

「留守番なんてさせられるか。こんな顔して」
「な…俺、どんな顔してるって言うんだよッ!」
「泣きそうじゃないか。それに元々置いていく気はねぇよ」
「え?」

 じわりと滲んできていた涙がひゅっと引っ込む。不思議なくらい素早く涙が引っ込んで、小首を傾げて見上げていると、小十郎は俺から視線をずらして口元に手を宛がった。

「いや…その、さっき花期になったら実家に連れて行くって言ったじゃないか」
「ああ、そう…だな」
「でもその予定を繰り上げてもいいか、お前に聞こうと思って」

 視線をちらりと動かして小十郎は俺の様子を窺ってきた。でも俺にしてみたらぽかーんとするしかない。

 ――こいつ、なんて律儀なんだ…ッ

 朝風呂の時に、花期になったら実家に行って、温泉に行こうと約束した。それは本当だけども、何も時期がずれるくらいで、そんな風に聞いて来なくても良いのに。

「お、俺はいつでも構わないぜ?」
「そうか?それじゃあ…鉢ごと持って行くから」
「え…ッ」
「車で行くから。あ、そっか途中で何か手土産買わねぇと」

 ハッと気付いて小十郎ががくりと肩を落とす。手にした伊達巻に、かふ、と噛み付くと上から小十郎が「ふ」って笑ってきた。

「――――?」
「暫く俺の手製の御節だけになりそうだと思ってたけど、もっと旨いもの食えるぞ?」
「え?」
「義姉さんは料理上手いからな」

 指先で頭をぐりぐり撫でられながら、俺は伊達巻を必死に口に押し込めていった。どっちかというと、誰が作ったものよりも、俺は小十郎の飯の方が上手いと思うんだけど…それはちょっと恥ずかしいから言わないことにした。
 で、どうだったか…?待てよ、そんなに急かすなって。










 結局、小十郎似着いて俺はあいつの実家に行くことになった。実家と聞いていたけれども、いやぁ、結構大きな家だったぜ?今時、日本家屋なんて珍しいんじゃねぇかな。
 車を門の中に入れて、それからあいつは後部座席にあった荷物を肩にかけてから、俺を――っていうか、俺の鉢を小脇に抱えるみたいにして持っていった。
 俺?俺はあいつの肩の上に乗ってたけどなッ。

「ただいま、帰りました」

 がらら、と引き戸を開けて小十郎が言うと、ばたばたばたと凄い勢いで駆け込んでくる音がした。

「小十郎おじちゃん、あけましておめでとうございますッ」
「おお、大きくなったな」
「うんっ」

 足音にあわせて子どもがわらわらと出てくる。それにしても「小十郎おじちゃん」か。言いえて妙なもんだ。俺は笑いを堪えながら、ぺちぺち、と小十郎の頬を打つと、視線だけを此方に向けてきていた。

「まあまあ、小十郎、疲れたでしょう?」
「それはそうですよ、喜多姉さん」

 ぱたぱたと駆け込んできたのは清楚なイメージの女性だ。腰にエプロンをかけて、中に通してくる。彼女の後ろに続きながら小十郎は溜息をついていた。

「俺の部屋、まだあるんですか?」
「ありますよ、勿論。掃除はしておきました」
「じゃあ、ちょっと荷物置いてきますね」
「景廣も来ているから、早くね」

 にっこりと喜多は笑った。どこか余所余所しく会釈をして小十郎は奥の部屋の障子をあけた。其処には――畳の上に机と、本棚のある簡素な部屋があった。小十郎は俺を机の上に置いてから、畳の上に座り込んだ。

「小十郎…疲れてねぇか?」
「そんな事無いさ」
「さっきのが喜多姉さん?」
「そうだ。俺の義姉、で景廣っていうのが俺の弟」

 肩から移動してあいつの前に立つ。そして畳みの上から見上げると、小十郎は目線を合わせるように、ころん、と畳の上に転がった。

「WAO!お前、三人兄弟なのかよ」
「ああ。でも喜多姉さんとは半分しか血は繋がってねぇがな」
「へぇ…なんかお前、お姉さんに怯えてないか?」

 びく、と瞬時に小十郎の表情が強張った。何だか俺はあいつの弱みを握ったみたいな気がして、腕を組んで見上げてみた。

「――…ッ、解るか?」
「図星か」
「いや…うん。義姉というか母親みたいなものだったから…頭が上がらないんだよ」

 こてん、と仰向けになって小十郎が呻く。俺はとととと歩いて近づくと、小十郎の頬に寄り掛かっていった。
 空気がいつもよりも冷たい。
 しんしんと降る雪の気配がしていた。
 小十郎の部屋に来るまでに通りかかった庭には、梅と蝋梅が植わっていた。俺はやつらに軽く挨拶をしたけど、小十郎はきづいていなかった。

「なぁ、小十郎〜」
「何だ?」
「伊達巻、錦玉子、あるかなぁ?」
「あると思うぞ?喜多姉さんのことだ、しっかり作ってると思う」

 ――後で持ってきてやるよ。

 天井を見上げる小十郎は、どこか疲れた声を出していく。俺はこいつのそんな掠れた声を聞くと、何だが切なくて溜まらなくなる。
 肩にぴょんと乗って、小十郎の胸の上を歩いて、あいつの顔を覗き込みにいった。

「俺が側にいるからな、小十郎」
「うん?」
「だから胸を張れよ、な?You see?」

 ――ばしッ。

 思い切り腕を振り上げて気合を入れてやった。そうすると小十郎は一瞬だけ瞳を大きく見開いたかと思うと、くしゃりと顔をゆがめて笑い出した。

「ああ、ありがとう」

 指先が俺の頭をなでてくる。その手が暖かくて、俺はいつもこいつの手が好きだなぁって思うんだ…って、今のは聞かなかったことにしてくれ。










 小十郎が部屋に戻ってきたのは、日付が変わる寸前だった。
 俺は鉢の中で半分眠っているような状態で、あいつが帰ってくるのを待っていた――その間に、喜多が来て布団を敷いていったけど――小十郎はさ、酔ってたんだ。
 布団の上にどさりと倒れこんで、珍しく「へへへ」なんて笑うんだぜ?

「おい、政宗〜、居るんだろ?」
「――呼んだか?」
「ああ…久々に酔った。景廣と呑み比べして、また勝った…」
「おいおいおい、大丈夫かよ?」

 へらへら笑う小十郎の近くに行くと、本当に酒臭くてな。一瞬、うえ、って思った。
 あ、これ言うなよ?気にするからッ。

「楽しかったんだ?」
「ん…楽しかった。でも、」

 其処まで言うと、小十郎は俺を手招きした。あいつ、酒で潤んだ目でこっちを見てきた。俺は枕に手をついてよじ登った。

「お前も、呑めればなぁ…もっと楽しかっただろうな」
「――――ッ」
「政宗ぇ、早くお前を咲かせたい」
「――――…ッ」

 もういっそ、小十郎の口を閉じさせてやりたかった。俺はぶわりと熱くなる顔に、頬に、手を当てて、瞬きさえも忘れてあいつを見つめた。
 だって、何だかそんな風に言われると…は、は、恥ずかしいじゃねぇかよッ!

「こ…小十郎…ッ」

 きゅーんと胸が締め付けられていく。呼びかけると、小十郎は優しく瞳を細めてよ、俺の頭をなでてくれた。でも俺はあまりにも恥ずかしくて、嬉しくて、直ぐに俯いてしまった。
 何だか嬉しくてたまらなかったんだ。でもよ…そのまま、あいつってば寝てしまったんだぜ?まったくムードも何も無いよなぁ。
 え…?
 それだけだぜ?
翌日は一緒に雪ウサギ作ってよ、俺がその上にのって遊んでるのを、あいつは何だか和やかに見てたぜ?

 ――――…。

 ま、あいつの家族とか、育ったところとか、見れて何だか俺嬉しかった。うん。
 俺の話は終わりッ!次は幸村だぜ?
 Are you ready?






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