舞う花びら、その先に 何かもかもが、どうでも良かった。 ただ熱に浮かされて、求められるままに与え続ける。何度も絡めた身体が軋んでも、それでも手に触れている肌の弾力と、熱さとを切り離すことは出来なかった。 ただ目の前の男が、自分を欲している――その事だけで良かった。 後先も考えずに、ただ喘ぎ続けていく。伸ばした手は長い髪に絡めとられていった。 「ア…――ッ、っく」 びくん、と大きく身体が硬直したかのように引き攣る。一緒に呼吸さえも止まってしまったのかと思うくらいに、瞬間に意識が飛びそうになった。だが直ぐに身体が沈みこんで、背中に柔らかい感触が触れてくる。 幸村の掌に収まる胸が、円を描くようにして揉みこまれていく。 「ぅ、――っ」 は、は、と小さく呼吸を繰り返して、政宗が咽喉を仰のかせると、其処に噛み付くようにして幸村の身体が覆いかぶさってくる。 「――幸村…もう、駄目だ…ッ」 「もう少し…――もう少し、貴殿を抱いていたい」 強い腕に腰が浮かされて引き寄せられる。撓る背中が彼を拒むことをせずに、ただ受け入れていく。 ――どうして。 ふと脳裏にそんな疑問が浮かんだ。だが、どくどく、と高鳴る鼓動が思考を遮っていく。耳に響く粘着質な水音、濡れて熱くなっていく肌、触れる吐息――それらが、この瞬間だけはどうしても愛しくてならなかった。 朝が来て、目の前に安らかな顔をした幸村が映った。政宗が身体を起こすと、うんん、と寝返りを打つ。 ――好き勝手してくれて。 観ると肩口に紅く鬱血している痕があった。それを指先で擦りながら、傍らで眠る男を見下ろす。 「真田…――狸寝入りはやめろ」 「ばれていましたか」 ころ、と幸村が身体の向きを変えてくる。その表情は何も知らないような――あどけさの残る少年の面影を残した表情だった。 だが幸村は政宗に手を触れさせない――いや、もう肌に触れようとしなかった。それが少しだけ寂しくて、口に出しかけたが遮られる。 「某…夢と、思っておきます」 「――…何?」 「政宗殿には、片倉殿が。叶わぬ思いは…――辛い」 「あ…――」 びく、と政宗の肩が揺れた。どうして忘れていたのか。いや、そもそもどうして幸村を受け入れたのか――そこからして、理解が出来ない。 ――小十郎… その名前を幸村に告げられた瞬間、す、と血の気が引く。彼のいない間に、別の男に身を赦した――それが裏切りにあたると、その時になって気付く。 「真田、このことは…」 「言いませぬ。夢と…――」 「そうか…――」 ――だから、もう触れないのか。 幸村は身体を起こして、胡坐をかくと瞼を下ろした。そして政宗の言葉に、ゆっくりと頷く。だが政宗が肩を寄せて彼の正面から覗き込むと、幸村は瞳を開けた。 幸村の瞳は、少しだけだが涙で潤んでいた。 ――ちゅう… ただ瞳を見つめ続け、気付いたら引き寄せられるように口付けていた。荒さはないものの、ただ唇を合わせるだけのキスだ。 「最初で、最後だ」 「心得申した」 頷く幸村が寂しそうに笑う。だがそれを観ていても、政宗の胸の内には小十郎へのやるせなさで一杯になっていっていた。 いつ小十郎が迎えに来るのか――それを心待ちにしていたのに、今は彼が来るのが怖くて仕方なかった。聡い彼の事だ――気付かない筈は無い。それが手に取るように解ってしまう。小十郎がどう出るかが一番の気がかりになっていく。 政宗は幸村の匂いを少しでも消そうと、湯浴みを願い出た。だが余計に肌にまだ彼の感触が残っているようで、居た堪れなくなる。 ――落ち着け、大丈夫だ。 そんな事は無理だと解っていても、揺れてしまう自身の気持ちを湯に沈みこませるようにして、政宗は溜息を吐いていく。 ほわり、と揺れる湯気に、手で湯を掬って肩に掛ける。開きかけていた傷は既に塞がっているが、まだじりじりとした痛みが迫ってくる。 「上がるか…流石に痛ぇ…――」 ざぷ、と湯の中から身体を浮かせ、右脇腹に手を添える。屈みこんだ瞬間に、腰骨の辺りがひりひりとした事に気付いた。 「あ…――?」 観れば浮き出た腰骨に、すりむいた痕がある。そんな傷を受けた記憶は無い。だが、その傷が昨日からの幸村との情事の際に出来たのだと気付いて、ぶわ、と恥ずかしさがこみ上げてきた。 ――あんな風に激しく抱かれるなんて。 今までそんな経験は無かった。思い出すと、火を噴きそうになる。小十郎はいつも政宗を大事に――まるで真綿で包み込むようにして、大事に扱う。それが幸村は違った。 ――つ。 指先をひりつく肌に触れさせる。そうしてなぞるだけで、思い出してしまう。 「あんな風に、されたの…初めてだ」 ――忘れることなんて、出来ない。 政宗は両腕で自分の身体を抱きしめるようにして呟いた。だがそうしていても、まだ生々しく幸村に抱かれたのを実感してしまうだけだった。 →8 to be continued・・・ |