舞う花びら、その先に たった三日、されど三日――小十郎が傍を離れて二日目、朝から政宗は布団の中でごろごろと寝返りをうっていた。 ――夜通し奔れば、もう奥州に着いている頃か。 そのまま小十郎が引き返すはずは無い。出陣したからには、その労を労わなくてはならない。そうして顔合わせのように報告を行ってから、彼が奥州を発ってこちらに向かうのは今夜か、それとも明日か。 ――まだ離れて間もないのに、こんなに… ぎゅ、と布団の端を握りこむ。 「ああ、もう…悶々としてたって埒があかねぇ…ッ」 政宗はがばりを起き上がると、さっさと身支度を始めてしまう。一応、幸村によってこの離れには他に誰も来ないことになっている。 構うことなく政宗は着物を脱ぎ散らかすと、きつく胸元を締め付ける。 「くっそ…――邪魔くせぇ…」 一人で胸元に晒しを巻く事は、最近ではほぼ無かった。それに今は銃創もある。余計に巻き辛くてならない。たわわに膨らんだ胸を寄せて、しかめっ面になりながら奮闘する。 「いつもなら、あいつ…簡単にやってんのに」 ――あ、触りなれているからか。 ふと自分の胸元を押さえて思い出す。この胸を――晒しを巻くとき、彼はいつも不機嫌そうな顔をしている。 ――ヤッてる時は、思いっきり触ってくるくせにな。 ふふ、と笑いが零れてくる。彼に抱かれている時、その時だけはこの自身の身が女でよかったとさえ思う。 立場的に一緒になることも、彼を独占することも叶わない。この戦国の世の習いで行けば、彼もまた妻と側室と――数多く女達を得るだろう。 ――その一人に数えられることはないけど。 それでも、彼が自分に寄せる思いだけは手に取るように解る。それを思うと、何も与えられない自分が、この身だけでも与えることが出来るのが嬉しい気がした。 「早く、迎えに来ねぇかなぁ…」 ぽつりと呟き、虚空を見つめる。そして溜息を漏らすと政宗は再び身支度を整えていった。 政宗は廊下を歩いて幸村を探した。そんなに広すぎない邸内だ――直ぐに見つかるだろうと踏んでいると、案の定幸村の姿を直ぐに見つけた。 幸村は庭先に出て、木々の上を見上げ腕を一振りした。それと同時に、ざ、と木立が揺れる。 はら、と木の葉が舞う中、政宗は彼の背後から声をかけた。 「よぅ、真田幸村。今、暇か?」 「これは政宗殿、どうか為さいましたか」 「いや…少し、手合わせを」 「畏まりもうした」 ぺこりと会釈して幸村が此方に向かってくる。その背後には、ひらひら、と木の葉が未だに舞っていたが、風が起きたわけでもなかった。その事に訝しく思っていると幸村が小首を傾げてくる。 「どうかされ申したか?」 「いや、人の気配が少ないと思ってな」 「ああ…今、手の者達をそれぞれに放ち申したからでしょう。この邸が常より手薄になって居ります故」 幸村はさらりと言うと、鍛錬用の槍を手に二本取り、政宗に木刀を差し出す。それを受け取りながら眉根を顰める。 「大丈夫なのかよ?」 「些かも、問題はござらんよ」 幸村は何のことは無いと繰り返した。そして「庭では、此処を壊してしまいかねない」との彼の言葉に納得し、場所を移していった。 ――カンッ! 綺麗な弧を描いて幸村の槍が弾き飛ばされる。だが同時に政宗もまた両手に持っていたうちの右側の木刀を弾き飛ばされていた。 「悪くねぇな…――」 手にびりびりとした振動が起きて、肩口まで鈍くなってくるようだった。両人とも肩で息をついていると、幸村が息を切らしながら――しかし視線は政宗から離さないままで言う。彼もまた疲弊したらしく、額に髪が汗で張り付いていた。 「少し、休まれては?」 「――…そう、だな」 とさ、と幸村がその場に座り込む。それにあわせて政宗もまた彼の近くに腰を下ろすと、手から木刀を離し、指先を握ったり開いたりを繰り返した。 ぱた、とこめかみから汗が落ちる。政宗が指先で髪を耳に引っ掛けると、ふいに横から手が伸びてきた。 「政宗殿」 「なんだ…――」 ――さら 首を巡らせると幸村が髪に触れてきていた。汗が滴る髪を、指先で払い、そのまま政宗の耳まで撫で下げてくる。 「何の真似だ、真田」 「某にも解り申さぬ」 ひゅ、と息を飲んだ。目の前に居る幸村が――幸村の眼が、こちらを見つめて離れない。政宗もまた彼の手を振り払うことが出来なかった。 二人の間には静けさしかない。それなのに、頬に幸村の手の甲が触れたと思った瞬間、視界が回った。政宗の瞳に、空の青さが写る。 「何の真似だよ、真田」 「――さぁ…でも」 政宗の肩を地面に押し付け、幸村が首筋に噛み付いてくる。熱い唇が咽喉に滑る感触が、背筋を震わせて行く。政宗は両腕を力なく地面に落とし、組み伏されている。それを静かな気持ちで見つめていた。 ――変な感じだ。 政宗が足を動かすと、自然と幸村の身体がその間に入り込んでくる。 「でも、何だよ?」 「今、貴殿をこの腕に閉じ込めてしまいたくなり申した」 そう言った幸村は、まるで子どものように微笑んでいた。まるで宝物でも見つけたかのように、嬉しそうな顔だった。 ――ばさばさばさ 頭上で鳥が翼を開いて羽ばたいていく。 ――鳥、か。 ぼんやりとそう思った。此処がどこかなんて、何をしていたかなんて、どうでも良くなってきていた。自分の身体に柔らかく触れてくる手に、ただ熱を呼び起こされていく。 遠く青い空を見ながら、その音の中で政宗は幸村に抱かれていった。 →7 to be continued・・・ |