舞う花びら、その先に 翌日、政宗は出立する小十郎たちを見送りに出た。彼らは一様に「筆頭」と声を掛けて来る。それに一人ずつ労い、そして「俺も直ぐ戻るから」と告げていった。小十郎もまた前に進み出てきて頭を垂れた。 「初陣よりお傍を離れた事はございませんでしたが」 「初体験、って奴だ」 かかか、と笑いながら羽織の中に両腕を通す。腕組をしながら小十郎を見上げると、不安そうな彼の顔が眼に入った。 「政宗様、必ず戻ります故…」 「莫迦野郎、皆が見てる」 ――まさか泣く訳じゃねぇだろうな? ふ、と笑うと小十郎も苦笑した。誰も見ていないのなら、その胸に飛び込んで思い切り抱きしめてやりたかった。 早々に隊列を作る彼らの後姿を見送る。人馬の立てる埃を受けながら、彼らの姿が見えなくなるまで政宗は其処に立ち尽くしていた。 「政宗殿」 ざ、と埃を踏み散らして幸村が隣に立つ。政宗はまだ彼らの向かった先を見据えていた。その先――この道の奥には故郷である奥州がある。それを恋しいと思わないことは無い。 ――心細いのは、俺だ。 いつも背中に感じる温もりがない。それがこんなに心細いとは思っていなかった。だがそれを此処で騒ぐ訳にもいかない。 ――耐えるのは、慣れている。 ぐ、と咽喉の奥から出てきそうな泣き声を押さえ、政宗は隣に立つ幸村に言った。 「真田、すまねぇな。世話んなる」 「それは構いませぬが…本当に宜しいので?」 「あ?」 振り仰ぐと幸村は眉を顰めながら、顔色を窺ってくる。斜に構えたまま――袖に両腕を入れたままで、顎先を向けると幸村は政宗の見ていた道の方へと視線を流した。 「貴方お一人、此処に残られて。彼らと共に行ったほうが良かったのでは…」 「No ploblem.小十郎が迎えに来る」 きっぱりと迷いを断ち切るように政宗は幸村の言葉を切った。すると幸村は政宗の前に進み出てくる。吹き込んでくる風から、政宗を守るようにして前に立ちはだかられる。 「もし…――差し支えないようでしたら」 「――…?」 俯く幸村の背中に、さらさら、と長い髪が揺れていた。それをじっと見つめる。幸村は俯いて、そして顔を上げる。 「この三日間、某にお預けくだされ」 「どういう事だ?」 「政宗殿の御身、某がお預かり致す」 ――皆に知られぬよう、某がお守り致す。 勢いに任せて幸村は政宗の手をとると強く握りこんできた。握られた手を、ちら、と見てから政宗はその手を振りほどく。そして踵を返して門の中に入っていく。 「俺を飼いならす気か?」 「そんなつもりでは…――」 「今更、女扱いしなくていいぜ。そんなに弱くない」 「政宗殿」 ばたばた、と幸村が政宗の後を付いてくる。政宗は冷ややかな眼差しで肩越しに振り返ると、鼻先で嘲笑った。 「そうだ、真田ぁ」 「――…はい」 政宗に追いつき、その背後に幸村が立つ。政宗は両腕を再び羽織の中に入れ込むと、胸を張った。 「後で…明日あたり、少し手合わせしてくれ」 「そのお身体で」 幸村が政宗の身を案じて止めようとする。だがそれを打ち払った。 「使わねぇと鈍る」 ――頼んだぜ。 それだけ云うと政宗はすたすたと邸の中へと向かっていった。振り返ったら――今、優しい言葉をかけられたら傾いてしまいそうで怖かった。 ――真っ直ぐ前だけを見て。 脳裏に小十郎の声が響く。それだけを頼りに、政宗は胸の内で何度も彼の名を呼んだ。 →5 to be continued・・・ |