舞う花びら、その先に 再び参戦し、尾張へと足を向けると其処は既に戦場だった。それまでの間にあったことが嘘のように戦場では非日常がひしめきあい、ただ其処には殺戮と狂気しかなかった。 ――すべて一睡の夢のようだ。 朝が訪れた時、幸村の肩に身体を預けて朝日を見た。それですべてが終わったとは言い切れないが、一先ずは仕事が終わったと思った。 「政宗様ッ」 「遅ぇよ…早く来いよな」 駆けつけてきた小十郎に笑いかけ、幸村の腕を振りほどこうとした。 ――ぐん。 「――――…?」 しかし幸村の腕が振りほどけない。身体だけが先に小十郎のほうへと向いている。何がどうしたのだと振り返ると、目の前には眩しい朝日が迫ってきていて、政宗は瞼を瞬いた。 眩しい中で見ると、しっかしと自分の手首に幸村の手が絡まっている。 「おい、真田…――」 「行かせませぬ」 「は?――何、ふざけた事抜かしてやがんだ?離せよ」 「嫌でござる」 ぶん、と腕を振り上げるが幸村の手は強く手首に絡まっていた。そして強く引き寄せてくる。 ――どん。 「痛――ッ」 「このお怪我で、行かせられませぬ」 開きかけた傷を抱きしめるついでとばかりに、幸村は強く掴んできた。びりびりと傷に痛みが走り、がくんと膝が折れた。 だがそれを幸村は好機とばかりに、ひょいと足を絡めとり、横抱きに抱え上げる。 「お前…――何すんだよッ!」 「政宗殿、甲斐で休まれよ」 「良いから、今下ろせ」 「承服できませぬ。このまま某の腕に任せてくだされ」 「ふざけんな、この…――」 ――ばしッ。 幸村の横っ面を張り倒すが、幸村は大して効いていないらしく、再び顔を上げると声高に佐助を呼んだ。 「至急、邸に戻り支度を」 「はいはい。伊達ご一行、受け入れるのね?」 「そうだ」 ――全く。 佐助はそう呟くと瞬時に姿を消した。呆気にとられている政宗に、幸村は再び「任せられよ」と告げた。 「小十郎…」 幸村に抱きかかえられたまま、政宗が小十郎に声をかけると、小十郎は前に進み出た。 「我らへの気遣いは有難く存ずる。しかし、政宗様を離されよ」 「この傷で歩かせられませぬな」 「仮にも奥州筆頭、他国のものの手に預けおけるとお思いか」 小十郎が静かに言うが、その手が微かに腰に帯びている太刀に触れた。それを眼だけで幸村は追い、それから政宗を見下ろす。 ――致し方ありますまい。 そこまで来てやっと幸村は政宗を地面に下ろした。だが膝が立たないのは変わらない。即座に小十郎の腕が伸びてきて抱きかかえられる。 ――ほ。 小十郎に抱きかかえられると、政宗はほっとして彼の羽織を、ぎゅ、と握った。 「――――…」 政宗の手の行方をじっと見つめ、幸村が溜息を付く。そして小十郎を見上げると「着いてこられよ」と声をかけて先に進んでいった。 「大丈夫ですか、政宗様」 「ああ…だが、なんだ?あいつ…――」 「鬼気迫っておいででしたね」 「変な奴…――」 政宗は小十郎の胸に身体を預けたまま、馬に乗せられる。手綱を引きながら、周りにいた伊達の軍勢に「俺の馬、連れてこいよ」と告げると、彼らは歓喜の声を上げていった。 甲斐に身を置いて、再度開いた傷を診ながら養生する。徐々に伊達軍の疲労も取れてきて奥州に戻るには調度良い時期になってきた。 「そろそろ、奥州に戻りてぇな」 「然様でしたら、直ぐにでも」 「ああ…愛も待ってるだろうしな」 「愛、様ですか…」 「あいつ、戦場の話を聞くのが結構好きなんだぜ?」 ふふふ、と脇息に凭れて笑うと小十郎が傍に来た。そして政宗の眼にかかる髪を撫であがる。その手の動きに政宗が瞳を眇めると、肩を抱いて引き寄せてくる。 「やはり、貴方様に女子としての生を与えられなかったこと、今でも悔やまれます」 「気にするな。女だったら、外に出るにも大変な時だってある。俺はその分、自由だぜ。それに俺の傍にはいつもお前が居てくれる。そうだろ?小十郎」 「ええ…――」 「好いた相手と四六時中居られるんだ。幸せじゃねぇか」 ――それが血腥い戦場だとしても。 政宗は背中に小十郎の胸板を感じながら、両腕で彼の腕を取ると、自分を抱きしめるように動かした。そして彼の胸にすっぽりと収まると、ふう、と溜息をついた。 「此処は…落ち着かない」 「政宗様?」 「早く奥州に戻って、落ち着きてぇ」 他国にいるということは、それだけ政宗には負担だった。いつもなら女であることを隠すのも容易い。だがいつ誰が見ているか解らない。その緊張感がずっと身に付きまとう。 それに何時までも国主が自国を開ける訳にもいかない。 「なぁ、小十郎…――お前、三日であいつ等連れて奥州に戻って、俺を迎えに来れるか?」 「この小十郎に貴方様を置いていけと?」 小十郎がぎゅうと政宗の細い身体を抱きしめる。いつもの戦装束では厳重に体格を隠すことが出来るが、薄着になるとそうも云っていられない。 「正直、俺はまだ自分で手綱を引ける気がしねぇ」 政宗は自分の掌を見つめ、強く握りこんだ。先の戦いでのダメージは後から、ひしひしと身体に迫ってきていた。かたかた、と力が入らずに震える手を――ち、と舌打ちして握りこむ。 「でもあいつらの前で失態だけは避けてぇんだ」 ぐぅ、と頭を反らして肩口に顎先を乗せていた小十郎の頤に顔を埋める。彼からはほんのりと香の香りがしていた。その香は政宗も使っているものだった。 「事情は解りましたが…政宗様の御身、他にも知られぬとは限りますまい」 「――真田、幸村」 「――…ッ」 「バレてるんだ、あいつに匿って貰うさ」 横向きに身体の向きを変え、足をそろえる。そうすると小十郎に横抱きにされているかのような体勢になる。政宗は腕を伸ばして彼の首に絡めると、頤に顔を埋めた。 「明日、此処を発て、小十郎」 「政宗様…――ッ」 「三日だぞ?それ以上遅れたら許さねぇからな」 睨み付けて云うと小十郎は頷いた。そして彼の手がしなやかに伸びた足に触れる。 「三日と云えど、心苦しいもんだ。なぁ、俺がお前を忘れないように溺れさせてくれ」 「貴方様は何処でそんな文句を覚えてくるんですか?」 はあ、と溜息を付きながらも小十郎はゆっくりと政宗を畳の上に敷きこんでいった。 →4 to be continued・・・ |