舞う花びら、その先に



 たった一度の過ちだと思ったのに、それから泥沼のように這い出せなくなっていた。



 愛は12歳で嫁いできた。まさか女に嫁いだと思っていなかったから、機嫌を損ねた。だが小十郎と政宗を見ていて、貴方の生んだ子なら私が育てましてよ、と云う様になった。その代わり、自分も自由にさせてもらうから、と。
 ぼんやりとその事を思い出しながら、政宗は小十郎の腕の中でまどろんでいた。

「政宗様、そろそろ起きませんと」
「うん…――解ってるんだけど」
「どうかされましたか」
「なんか…眠い」

 ふわ、と欠伸をしながら、ごそごそと再び布団の中に戻る。それを小十郎は許そうとせずに、政宗を抱えたまま起き上がった。

「起きましょう、政宗様。今日は愛様もおいでになる日」
「あ…――そうだ。愛だ」

 はっと思い出して、政宗は身体を起こす。そして勢いよく起き上がった瞬間、ふたたび身体を二つに折りたたんだ。

「あた…たたた」
「急に起き上がるからですよ」
「でもよぅ…お前はいいよな、男だからさ」

 ――月のもので、腹痛めることもないもんな。

 ついでとばかりに云うと、微かに小十郎の口の端がひくついた。女の身では月に一度、月のものが訪れる。それが疎ましいと思う反面、遅れてくると今度は不安になってしまう。
 まったく勝手なものだ、と自分に言い聞かせながら、色の濃い服装を小十郎に頼む。できれば外に出たくない気もするが、自分が男であると周囲に通している以上、そうもいかない。

 ――毎月、決まった日に閉じこもる訳にはいかねぇもんな。

 さすさす、と下腹を摩りながら、政宗は小十郎の用意した服に袖を通していった。










「政宗様、ご機嫌麗しゅう」
「愛、寂しかったぜ」
「またそのような…戯言を。そこに片倉殿が居て、どうして寂しいと抜かせるんです?」

 しなやかに頭を垂れた少女の肩を抱きこんで、その肩口に頬を擦り付けると、ぴしゃりと手厳しい反応が返ってきた。彼女の髪はまるで絹のように、しなやかにその背に流れている。自分のぼさぼさの短い髪とはまったく正反対だ、と思わずには居られない。
 だが人形のような少女が目の前に居ることに、嫌気はささない。

「そうつれなくするなよ。女の友達なんていねぇんだからよ」
「言葉を慎みください。誰が聞いているかしれませぬ」

 不意に背後から焦ったように小十郎が声をかけてきた。それを顎先で笑い飛ばし、愛と共に庭を歩く。すると彼女は当たり前のように片手を政宗のほうへと向け、手を引くように促す。それにあわせて政宗もまた彼女の手を引いていった。

「そういえば、甲斐で思わぬ出来事におうたとか…」
「ああ、真田幸村て野郎にな…バレた」
「まあ!」

 ころころ、と愛は口元に手を宛がって笑った。そして背後に控えてくる小十郎を肩越しに振り返り、そなたが居て何たる失態でしょう、と嬉しそうに笑った。

 ――こういう所は性根悪いんだよな。

 彼女の手を引きながら、政宗は眉をはの字に下げた。

「それで…いかがなさいますの?」
「どうもしねぇよ。決着が付くまで、せいぜい楽しませて貰うさ」
「ほほほ…貴方様、今日は顔色が悪うございますから、どんなにか気落ちされたかと思いましたのに」
「これはただの月のもののせいだって」
「まあ!余計に楽しいこと」

 ――意地悪いな。

 手を引きながら、目の前に咲いていた石楠花を取り、愛の髪に挿しながらいうと、彼女は「貴方様ほどでは」と、群青色に鈍く光る瞳を細めて見せた。







3





to be continued・・・