舞う花びら、その先に 雪深くなる奥州の地に幸村が到達したのは、年も明けてからだった。その横に佐助が付き従い、ただ黙々と歩き続けていく。だが一面の銀世界――白に埋めつくされた光景は荘厳なまでに他者を拒絶していく。 「政宗殿は、このような地にお住まいになっておられるのか」 「今更驚いたの?見聞を拡げろって大将に言われていたのに」 「そう責めるな。以前、政宗殿が言った言葉が頷けたのだ」 ――北の地は厳しい。その厳しさに耐えうるものを、誰しもが持っている。 誇らしげにそう言った政宗を思い出す。柔肌を晒し、小十郎を押しのけて自分を射竦めてきた奥州の竜――その時の姿を瞼の裏に思い出した。 「政宗殿の愛するこの地は、確かに厳しくも美しい場所だ」 幸村が持っていた竹筒から水を飲み込むのを見届けると、佐助は立ち上がり、そして二、三歩先を歩いた。 「旦那ぁ、俺さ…忍なのに、あんたに惚れて、こうして一緒に居るけどさ」 「うん?」 「たった一つのお願いがあるんだよね」 「何だ、言ってみろ。某に叶えられるのなら…」 さくん、と雪を踏みしめて佐助が振り返る。被った笠から、ばら、と雪が固まりになって地面に落ちた。 「俺を、あんたの一番にしてよ」 「――…佐助」 雪は笠を上げて、正面に立つ忍に手を伸ばした。佐助は視線を下にずらして搾り出すように告げていく。 「俺はさ、女でもないし、ましてや忍だし、いつ消えるかもしれないよ?この雪みたいにさ…だけど、だけど」 「案ずるな、佐助」 「――…」 幸村の伸ばした手は、佐助に絡まり、そして引き寄せていく。この凍えた大地の中で、他人の温もりが気持ち良くてならない程に、傍に引き寄せる。暖かさに包まれながら、佐助が息を飲んだ。 「お前はこの幸村の最後の砦だ。お前は某の一番の位置に居る」 耳元に囁かれる幸村の言葉に瞳を見開き、視界が潤むのを佐助は気付いていた。だが幸村の頭を引き寄せて強く自分に押し付けると、はは、と声を出して笑った。 「嘘が下手だね、旦那」 「嘘じゃないぞ」 「ふふ…でも良いんだ。あんたの心、ちょうだいね」 「存分に貪ればいいではないか」 ぽんぽん、と幸村が背中を叩いてくる。彼の肩越しに、ぽたぽた、と涙が落ちたのは幸村には気付かれないことだった。 そうして抱き締めあってから、また歩き出していく。城下に入り込めば、それなりに活気があり驚くほどだった。行きかう人々も鼻先を紅くしながらも、凍えることもなく働き続けている。それを観ながら城へと向かい足を進めていく。 「そういやよ、聴いたかい?お殿さんにもう直ぐ…」 「そうそう、もう直ぐだよなぁ」 歩きながら話し合う人々の言葉を聴きつけて幸村が立ち止まった。 ――奥方様のご出産が そんな言葉が囁かれる中で、幸村は眉根を寄せて訝しんだ。 「奥方が…――?」 呟く言葉に佐助はただ溜息を付くだけだった。活気に満ち溢れる城下の人々とは真逆に立ち尽くすだけの衝撃を受ける幸村を、佐助はただ手を引いて歩いていくだけだった。 愛の邸で過ごすのにも馴れ、政宗は縁側に座り込んで火鉢を抱えていた。少しでも軽装になると小十郎が飛んできては、大人しく温まっていてください、と壊巻きで包みだされてしまう。 ――何だかんだ言って、あいつには…本当に酷いことをしたのに。 甲斐甲斐しい小十郎に、有難いと思いながらも、申し訳ない気持ちにもなってしまう。 「なぁ、お前はさ……俺達の間に生まれてきたら、なんて思うんだろうな?」 腹をなでながらそんな風に話しかける。紛い物の夫婦の子として、そしてこの伊達の子として生まれてくることを、いつか恨まれるかもしれない。 だが政宗は軽く首を振ると、庭を見つめた。其処には白い景色しかない。この景色の中で、椿の赤だけがやたらと映えていた。 「政宗様、ご機嫌は?」 「愛か…悪くはねぇよ」 しゅ、と打掛を動かしながら愛が傍に寄る。そして政宗に肩を寄せると、頬を腹に近づけて「あら、動きましてよ」ところころと笑った。 「よく動く奴でさぁ…こいつ、男だよ、絶対」 「そうでございますねぇ。さすれば勇猛な武将になりましょう」 「その根拠は?」 政宗が自分の打掛の中に愛ごと引き寄せると、愛はぴったりと寄り添ってくる。 「片倉殿と貴女様のお子でしょ?止めるも難しいお子になりそうだわ」 「違いねぇや」 はは、と声を立てて笑うと、途端に奥がざわつき、愛の側女が駆け込んできた。 「奥方様…――ッ!申し訳ありませぬ」 「如何致した」 きん、と研ぎ澄まされた声で愛が答える。そして政宗から身体を離すと背筋を伸ばした。流石は武門の家の姫だ、と政宗は彼女を見やって感じ入った。 「とめるも適わず、押し入られまして…」 「なんと無粋な。どなたかしら」 にい、と口元が釣りあがる愛姫は怒りをその面に含ませていた。声こそ穏やかだが、内心腸が煮えくり返っているのだろう。 ――自分の領土を侵されたようなものだもんな。 政宗が火鉢を避けて、膝を動かすと、側女たちの止める声を引き連れて一人の男が前に進み出てきた。 「ちょいとお邪魔致しますよ」 「忍か…此処を我が邸と知っての狼藉か?」 すら、と立ち上がった愛がすうと瞳を眇める。華やかに彩られた目元が、鋭利な刃物に研ぎ澄まされたかのようになった。それを見上げてから政宗は静かに立ち上がると、さ、と愛の前に腕を差し入れ前に進み出た。 「愛、下がれ。俺が相手する。何の用件だ、猿飛」 背筋を伸ばしながら――愛を背に庇いながら言うと佐助は片眉を引き下げて苦笑した。 「いや、うちの旦那がどうしてもって言うんでね」 「政宗殿…――ッ」 眼の前に幸村が進み出る。そして政宗の姿を眼に留めた瞬間に閉口した。彼の頭の中に何が駆け巡っているのかが手に取るように解る。 ――今度こそ、決着を着けねぇとな。 この状況に、そして互いの思いに――政宗は決心した心裡をより強く固めるように拳を握り込むと、目の前に立ち尽くす男の名前を静かに口にした。 「真田、幸村……――」 気付かない間に、はらはら、と雪が舞い始めていた。冷えた空気の中で睨みあう視線だけは熱かった。 →19 to be continued・・・ |