舞う花びら、その先に 震える手の真実は、自分がただの「女」に成り下がることへの恐怖に他ならなかった。 ――俺はこの手に刃を握る。 それが待ち遠しくてならない。そして、その先には倒さなくてはならない相手がいる。それなのに、今のこの手では刃を持つには――刀が重くてならなかった。それが衝撃的な程に政宗を打ちのめした。 「震えは、止まりましたか」 暖かい白湯を手にしながら、ようやく政宗が息をつくと、心配そうに小十郎が問いかけてきた。既に手は震えるのを止め、いつものように自らの思うように動く。 「ああ…なぁ、小十郎」 「はい?」 「俺、このままだと身体が鈍っちまうかな」 不安の種を小十郎に問う。佐助が訪れて揺らぐよりも、自らの手に刀が握れない――刀を振り回して戦えない自身に、衝撃を受けた。それが心もとなくて、今までの自分と幾分も変わってしまったと認めざるを得なかった。 だが小十郎はそんな政宗の不安を見透かしていたかのように、するりと白湯を手に取る政宗の手を――湯呑みごと包み込むと、柔らかく首を振った。 「いいえ、一度覚えたものは中々消えないもので御座います。それに」 間近で覗き込むようにして見上げてくる小十郎の瞳に、自分の姿が映っている。自分の目にも彼の姿だけが映っていればいい。 ふわりと口元に笑みを湛えて小十郎がいつものように告げてくる。 「貴方様はこの小十郎が守ります故」 握り、包まれた手に政宗が更に手を重ねる。包み込んだ手を口元に引き寄せて、静かに口付けると、まだ其処に力が宿ってくるような気がした。 ――俺は一人じゃない。 この手に再び白刃を握り、戦場へと駆け出すことを願う。安寧の日々の中で埋没してしまうような野望など持ち合わせては居ない。 ――俺はまだ戦える。 ぎゅ、と強く手を握り込むと、政宗は青灰色の瞳に光を宿した。 「小十郎、お前が居る。そして、この子もいる。もっと強くならなきゃな」 「今もって戦う意気を見せる貴方様こそ、我が主でございますれば」 ――何処へなりとも。 政宗の覚悟を見て取って、小十郎が嬉しそうに微笑む。そうして共に歩む戦場を遠く――春の彼方にその思いを馳せながら、政宗は静かに小十郎の胸元に身体を寄せていった。 さく、と足元を雪で濡らした佐助が真田の邸に戻ると、幸村は両手を袖の中に入れたままで問いかけてきた。 「如何であった、佐助」 「奥州は雪の中だよ。こんな中で本当に手合わせしに行く気?」 背後に立ったというのに此方を見向きもしない。佐助は静かにその背中に腕を伸ばすと、ぎゅう、と背後から抱き締めた。すると幸村は佐助の腕に手を添えて、どうした、と聞いてきた。 「本当に、竜の旦那にまだ逢いたいの?」 「ああ…――やはり今一度逢って」 其処まで言葉を繋げてから、幸村は佐助に「怒るなよ」と忠告する。そして先を続けた。 「あの時はどうして政宗殿を求めたのか、某にも判らん。ただあの時は、片倉殿が――政宗殿にはいると知っていたから、それならば最初から適わぬ思いなど抱かぬが良いかと思った」 「で、それで如何だったわけ?」 ――答えは出たの? 佐助が両足を広げて自分の胸元に幸村の身体を抱え込むと、幸村は暢気にも「暖かいなぁ」と嘯く。佐助はそんな仕種で彼に絡まりながらも、じわじわと焼かれるような嫉妬心を胸の中で静かに燃やしていた。 ――旦那には諦めてほしいなぁ。 まだ執着するのは、彼に――いや、彼女の何かしらの思いを残しているに違いないからだ。それを思うだけで妬ける。それなのに幸村は佐助の胸の内を知ってか知らずか、更に静かに続けていく。 「今ではそれが恋情だったのかは、解り申さぬ。ゆえに今一度手合わせの場からやり直したいのだ」 ――あの時から、再び。 そうすれば答えが見つかる気がする、と幸村が佐助の肩に頭を乗せて云う。そして手を伸ばして佐助の鉢金を取り外す。正面で見詰め合うと、幸村のほうから佐助の唇に吸い付いてきた。それに応じながらも――佐助は合間に小さく呟いた。 「無駄だと思うけどね」 「どういう事だ?」 ひたり、と幸村の動きが止まる。佐助は瞼の裏に、白刃の切っ先を向けてきた政宗を思い出していた。それを思い出し、静かに幸村に伝えた。 「今の独眼竜はさ、刀を持てる状態じゃないよ」 ――自分の眼で、見に行けば良いよ。 くく、と咽喉の奥で小さく佐助が嗤う。それを聞いてから、幸村は口元に笑みを浮かべながら、何を企んでいる、と佐助に問いかけていく。 「さぁ、何も企んでなんて居ないよ」 「お前は嘘つきだからなぁ…」 「それは心外だよ、旦那。旦那のことは好きだ、これ本当のことだよ」 「解っておるわ」 ぎゅ、と抱き締めあいながら、ふくく、と咽喉の奥で嗤いあう。そして腕を絡めながら、幸村は「それでは近々、奥州に出向くか」と佐助の耳元に囁いていった。 →18 to be continued・・・ |