舞う花びら、その先に





 政宗の悪阻が治まる頃、居住すべき場所を愛の元へと移すことになった。馬に一人でひらりと乗ると、血相変えた小十郎が背後に乗り上げてくる。

「Hey!小十郎、お前、何、人の馬に乗ってんだよ」
「貴方は馬鹿ですか。そのお身体で、お一人で馬に乗るなど…」
「大丈夫、大丈夫、慣れてるんだしよ」
「駄目です。絶対に、駄目です。ご自分のみの身体ではないことを、もっと自覚して下さいませ」
「うるせぇなぁ…」

 手綱を取り合っていると、背後からころころと鈴を転がすような笑い声が響いた。

「睦まじいのは宜しいことですけれど、あまり見せ付けないでくださいまし」
「愛…」

 政宗と小十郎の乗る馬の横を、手綱を引かれた馬に横乗りになりながら愛が笑う。そして「お先に」と口元をひらりと笑みの形にして微笑んでいった。
 愛の邸までは単騎で向かう。大々的ではなく、いわばお忍び状態だ。その分、人目を気にしなくてよいので、気持ちも開放的になってしまう。

 ――外に出るのなんて、戦に出ていた時ぶりじゃねぇか?

 此処最近は本当に篭りっきりだった。それに奥州の秋は短い。もう間もなく凍える冬が――雪に閉ざされた冬が訪れる。そうなれば余計に外に出る機会など薄れるものだ。それを思えば今のこの時期は移動するのに好機だった。
 政宗が背中を小十郎の胸に預けると、小十郎は上から覗き込んでくる。身体を擦り寄せてみれば温かさに瞼が落ちそうになった。寄せ合う体温が気持ちよい季節だ。

「小十郎…」

 とんとん、と自分の唇を指差してみせると、小十郎は溜息をついて上から口付けてくる。だが直ぐに離れると、額をぺちんと叩かれた。

「はい、これでお仕舞いです」
「――けち」
「何か仰いましたか?政宗様」

 緩やかな動きで動く馬に、身体を預けながら政宗は前をいく愛に視線を動かした。そして小十郎の首に腕を回すと、くる、と横乗りする。

「政宗様?」
「こんな風に乗ってみるのもいいな。おい、小十郎、俺の腰支えてくれよ」
「――こう、ですか」

 右腕を使って背を支える小十郎に、政宗は肩を寄せた。そして、ふふ、と口の中で笑うと小十郎は小首を傾げた。

「打掛でもあればよかったなぁ」
「――政宗様、小十郎には何のことだかさっぱりなのですが」
「うん?こうしているとさ」

 ――嫁入りみたいに見えねぇか?

 顔を小十郎に向けてみると、彼は瞳を見開いた。いつもは眉間に刻まれている皺が綺麗になくなる。そして十分な間を置いて――その合間にも馬は長閑にも蹄の音を響かせる――小十郎は口を開いた。

「政宗様が、誰に、嫁ぐので?」
「決まってるだろ、お前にだよ」
「――……ッ」

 云っていて頬が熱くなってきた。適わないと知っている事でも、小さな、些細な夢も見る。女としての生を生きていたら、有り得たかもしれない出来事だ。

「小十郎のところによ、こうやって白無垢着て、輿に乗ってさ、嫁に行けたらなぁ」
「政宗様…――ッ」

 咽喉を詰まらせて小十郎の眉間に皺が刻まれる。云いながらも政宗の瞳には、じわり、と涙が滲んできた。
 花嫁御寮――それは愛が自分に嫁いで来た時に見た光景だ。だがそんな場面より、刀を手に戦場に駆け出す自分の姿しか浮かばなくなる。
 心躍る場は戦場にある――それも紛れもなく事実だ。剣の鬩ぎ合いほど楽しいものはない。戦人として刀の錆になる方が自分にはよく似合っている。

「ごめんな、夢見ちまって」

 ぐす、と鼻先を啜ると強く小十郎の腕が胸に引き寄せてきた。

「良いです、そのまま観ていて下さい」
「――小十郎?」

 顔を上げてみると、小十郎は微かに眦の辺りを色付かせていた。彼にしてみても観れない夢であることには変わりない。戦場で政宗の背を守り戦う――傍に仕えることが、唯一共に生きれる場でもある。だが、夢見るくらいは許されるだろう。

「その夢、小十郎も見ていとうございます」
「…女らしいことなんて、出来ねぇのにな」

 ――でも今だけは。

 政宗は手を自分の腹に添えた。此処にいる子どもが彼の子であることを祈っていく。これ以上彼に辛い目を合わせたくない。

 ――どうか。

 自分の過ちは――あの場に捨ててきた筈だ。だからもう二度と迷わない。今傍にある温もりこそが自分を生かすものであればいい。
 政宗が静かに揺れる馬上で、小十郎に身体を寄せてみた景色は、何処までも広がる紅葉だった。その紅葉の赤の中に――甲斐の紅蓮の鬼を微かに思い出して、ふう、と溜息を吐き出していった。




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to be continued・・・