舞う花びら、その先に 上田の邸で縁側に腰掛けて佐助は溜息をついた。膝には主である幸村が頭を乗せており、彼の耳元から髪を先程からずっと撫でていた。 剥き出しになっている幸村の肩口に唇を近づけて、するりと滑らせると幸村が腕を伸ばしてくる。 「何?旦那、起きたの…――」 「元より眠ってなどおらぬわ。佐助…もっと近う…」 「駄目だよ、これ以上は」 ――さっきから何回やったと思ってんのさ。 苦笑しながらも彼の腕に引き寄せられて、佐助は唇を塞いでいく。ふ、と唇を離して幸村は佐助の首に腕を回したままで上体をぐんと起き上がらせる。 ――ぎゅう。 佐助の身体にしがみ付く幸村は、逢瀬を重ねた疲弊など微塵も感じさせずに、ただ強請るだけだ。 「まったく、あんたさぁ…気付いている?」 「何を」 佐助は幸村の背中を上下に撫で摩りながら、肩に顎先を乗せて溜息を付く。何度も溜息をついてきた。原因はわかっている。 「奥州の、竜の旦那がいなくなってから、あんたずっとこんな感じだよ?」 ――それ、判ってるの? ぴく、と幸村が少しだけ反応をしてくる。だが彼の顔など見ずに両腕を回して抱き締めた。愛しいから、だからこのひりつく傷に気付いてほしい。そして自分と同じように傷を作って欲しくなってしまう。 「俺様もさ、ちょっとは傷つくんだけど」 「佐助…――」 「忘れたいんでしょ?考えたくないんでしょ?だから、こうしてやっていれば考えなくてすむから」 「――……」 ぐ、と幸村が押し黙る。佐助は腕を緩めてぐずる子どもをあやすように、左右に幸村を抱き締めたままで揺れてみせる。 「でも、誰かの代わりっていうのは、辛いんだよね」 「すまぬ、佐助」 ぐ、と肩に幸村の掌が触れる。動きを止めると、幸村は身体を縮めて佐助の胸元に額を擦りつけた。間近で見上げてくる幸村の瞳を見つめて佐助は核心をついた。 「そんなに竜の旦那が好き?」 「判らぬ…あの時は、己でも制御が効かなかった。気の迷い、としか思えぬ」 「――……」 あっさりと返って来た言葉に、佐助はじっと押し黙った。嘘をついていないのかを探るように瞳を覗き込む。だが幸村は揺らぎなど感じさせず、淡々と佐助に伝える。 「こうしていて、やはり安らげるのは、お前の腕の中だ。だから…俺にも判らぬ」 ――わからない事を、考え続けるのは、答えがなくて。 ふう、と今度は疲弊したように幸村が力なく佐助に寄り掛かる。腕の中の――佐助よりも熱い身体を抱き締めながら、佐助は小さく「馬鹿な主」と呟くと、幸村は「馬鹿に付き合うお前は?」と皮肉っていった。 政宗が倒れたと喜多に聞いてからの小十郎は迅速だった。直ぐに御典医を呼びつけ、内々に診てもらう。診察が終わってから襖を開けて中に入り込むと、政宗は少しだけ蒼白い顔をしたまま、濃紺の羽織を羽織っていた。 政宗は小十郎の顔を見ると、真顔で――感情の読めない仮面のような目を、小十郎にむけてきた。 「可能性的にはお前との子か、あいつとの…――だろうな」 「時期を考えれば、ですね」 ――二ヶ月か、三ヶ月に差し掛かったくらいだな。 医者が言った言葉はしっかりと小十郎の耳にも届いていた。いつか来るだろう日ではあったが、何故この時なのかと聴いた瞬間に歯噛みしたくなった。それは小十郎だけではなく、政宗も同じだったのだろう。 人払いをして小十郎が政宗の傍に膝を進めると、政宗は途端に幼い少女のように瞳を潤ませた。 「――お前の子なら嬉しいんだけどなぁ…」 ――手放しで喜べねぇよ。 俯く顔から、ぽた、ぽた、と滴が零れ落ちる。嗚咽を堪えて震える肩が痛ましかった。小十郎は腕を伸ばすと自分のほうへと強く引き寄せた。そうすると政宗は小十郎にしがみついてくる。 鼻先に羽織からの香の香りが触れてくる――それは小十郎が使っている香で、彼女にまでこんなに香りが移るほどに傍にいたことを知らせてくれる。 ぐす、と鼻をすする音がすると、小十郎は頬を寄せて一度柔らかく撫でていく――そして、顔を離して政宗の肩を掴むと正面から顔を覗き込んできた。 「如何なさいますか、政宗様」 「――如何するも、こうするも…」 「政宗様……」 ――真田に伝えますか。 眉根を寄せて小十郎が問う。政宗は一瞬、瞳を見開いたが、直ぐに首を振った。 「言えねぇよな…言えるはず無い」 「政宗、さま…――」 「言えない」 力なく俯く政宗に、それでも畳み掛けていく。心の何処かがひんやりと冷たくなっていく気がした。 「では、如何、致します?」 ぐ、と口元を引き結んだ政宗は、濡れてしまった睫毛を何度か瞬かせた。そして思案してから、困ったように眉根を下げた。 「なぁ、小十郎、この子お前が育ててくれねぇか」 「――…っ」 「お前の子として、育ててくれねぇか」 ――お前に預けたい。 それが、どちらとの子かは判らない。だが生まれてくる命には罪は何もない。どうせなら、小十郎に預けていきたい。そんな風に政宗は続けて告げていく。 「貴方様のためならば」 小十郎が溜息を付いてから、頭を垂れると、政宗は上から小十郎の頭を抱え込んで、何度も「すまない」と謝っていった。 →14 to be continued・・・ |