舞う花びら、その先に





 小十郎と過ごす夜を久々に堪能した後、鼻歌を歌いながら政宗は回廊を歩いて自室へと向かっていた。いつもはそのまま彼の部屋に居座ることも少なくないが、何となく自室に戻りたくなり足を向けた。小十郎の申し出を断り、一人歩きをして部屋にいくと、政宗は溜息を吐いた。

 ――悩んでたのが嘘みたいだ。馬鹿らしい、悩みだったな。

 実際に彼に触れてみれば、今までの二ヶ月のことが馬鹿らしくなってしまう。その間に彼を疑った自分、自分のしたことを悔やみ続けた日を想うと、今の満たされた気持ちがなんと言っても心地よかった。

 ――眠るのが勿体無い。

 寝てしまったら――これが夢だったのだと言われたらどうしようか。
 そんな風に考えながら、政宗は肩に羽織をふわりと掛けた。羽織の色は群青だ――政宗ほどの年頃ならば、色鮮やかな着物の方が映えるだろう。
 実際に愛が着ている色合いの着物を見るたびに、自分には似つかわしくないと想いながらも、着てみたい気持ちになることもあった。

「なんか、俺…小十郎といるときだけ、女になるみたいだなぁ」

 ころ、と布団の上に転がって呟く。小十郎と一緒にいる時だけは、本来の夢を見てもいいのだと言われている気がしてしまう。
 政宗が女である事は一部の重鎮達しかしらない。それと、下女も数える位しか知らない事だった。
 政宗は布団の上に丸くなると、羽織を引き寄せた。ほんのりと羽織から香の香りがする。

 ――あいつの匂いと一緒だ。

 彼の部屋に焚かれていた香、それは小十郎が使っているものだった。それが政宗の羽織にも香りをしみこませていた。

 ――ぎゅ。

 政宗は両腕を自分に絡めると、深くその香りを吸い込みながら、静かに夢の中に落ちていった。










「政宗様、政宗様…――」
「ん…――?」

 柔らかい女子の声に揺さ振られる。まだ寝ていたい、と身体を動かすと、再び呼ばれた。寝入ったのが明け方近くだったのだと言っても、許してくれない勢いだった。
 政宗はゆっくりと身体を起こすと、ぺたり、と其処に座って目元を擦った。するとぱたぱたと動いていた彼女が、膝をすすめて来た。

「政宗様、おはようございます」
「…喜多か…――ふあぁぁ」
「政宗様…はしたのぅございますよ?」
「WHAT?」

 棘を含んだ声に顔を起こすと、喜多の指先が政宗の胸元に向かっている。誘導されるように其処をみると、見事に肌蹴ていた。丸く張りのある胸が、ふる、と揺れている。

「見事に丸見えで」
「すまねぇな…お前と違って余ってるもんでよ」
「まぁ、小憎たらしいッ」

 べえ、と喜多が舌を出す。それに政宗もまた、べえ、と舌を出した。そして襟を正していると喜多が早々に布団を片付けていく。

「喜多、お前が朝の支度にくるなんて珍しいな」
「何を仰いますか。今日は愛様のところにお伺いするのでしょう?早く朝餉を召し上がってくださいまし」
「もうそんな時間なのかよ?」

 まだ朝早い気がしていたが、そうでもないのだろう。政宗が身支度を整えていると、喜多が「弟も何度も起こしに来たのですよ」と教えてくれた。

 ――ぎゅぅ。

「うっ、苦しい…――」
「……?政宗様、また胸元が大きくなられましたか?」

 喜多が晒しを巻きながら首をかしげた。確かにいつもはこのくらいで苦しくなることも然程ない。政宗が息をついてから、着物、羽織、と掛けられていると部屋の襖が空いた。

 ――ふわ。

 鼻先に食べ物の匂いがつく。いつもならば食欲を煽るだけのその香りが、厭に鼻に突き刺さり胃を刺激してきた。
 政宗は思わず鼻先と口元にかけて手で覆ってしまった。

「ほら、朝餉でございますよ…政宗様?」
「っ、喜多…――」

 政宗の様子に喜多が眉根を寄せる。いつもと違う政宗の様子に声も硬くなっていた。

「どうかされましたか?」
「き、気持ち悪い…――っ」

 うぐ、と咽喉の奥から胃液がこみ上げてくる。政宗は止める間もなく手元にあった手ぬぐいを引っつかむと、その場に蹲って嘔吐していった。





13





to be continued・・・