舞う花びら、その先に





 忘れた振りをしていても、時々思い出すのか――小十郎は政宗に手を伸ばしかけて押し留めることが増えた。
 奥州に戻ってからというもの、もう二月にもなるのに小十郎に触れていない。

 ――求められないってのは、辛い。

 こっちが求めていても、するりとかわされてしまう。政宗は片膝を抱えて溜息をついた。もう既に銃創も癒えている。ただその痕が少しばかり残っているくらいだ。
 身支度の間、晒しを巻きつけながらいつも小十郎の眉間により深い皺が刻まれていく。指先でその皺に触れると、彼はすまなそうに眉を下げるのだ。
 だが、言葉はかけられない。以前は出来たのに、身体で語らうことも出来ない。

 ――もどかしい。

 政宗は自分の肩を細い腕で抱き締めた。そうすると、ぐう、と身体を前に倒すしか出来ない。寄りかかるものが何もないような気がして――背中を守る彼の存在を求めてしまう。

「失礼します…――」

 かたん、と音を立てて小十郎が部屋に入ってきた。手には様々な書類を抱えている。それを政宗の横に置くと、優先順位を決めて拡げて行く。
 政宗もまた僅かな休息を追いやって腰を上げ、文机の元に座り込む。説明をしていく小十郎をじっと見上げていると、彼は視線に気付いたのか口を閉ざした。

「なぁ、小十郎…お前…――」
「なんでしょうか?」

 正面に座り、背を伸ばして小十郎が此方をじっと見据えている。政宗は手元に彼の持ってきた書類を引き寄せながら、文面に視線を落としながら問うた。

「お前、俺に飽きたのか?」

 呆気なく口から零れた言葉に、政宗はぎゅと下唇を噛み締めた。彼の口から何と答えが出てくるのか――それに備えて自身の心を強く持つ。だが瞬間に政宗の前方から、くくく、と肩を震わせながら含み笑いをする小十郎の動きに、訝しんで顔を起した。すると小十郎は口元に拳を寄せて、必死で笑いを堪えながらも、くくく、と笑っていく。遂には押し留める事も出来ずに吹きだした。

「――ふ、はははは、何を仰るかと思えば」
「だってよ…お前、俺に触れなくなったじゃねぇか」

 ――それとも室でも持つ気になったのかよ。

 がたん、と政宗が膝を立てて立ち上がりかけると、涙目になりながら小十郎が苦笑する。

「――そうして欲しいのなら、室を持ちますが」

 ――どうします?

 膝立ちになった政宗を振り仰いで小十郎が穏やかに聞いてくる。

 ――そんなの、答えは決まっている。

 ち、と政宗が舌打ちをして俯くと、その場にすとんと座った。そして肩を縮めて小声で言い張る。それが精一杯だった。

「――…して欲しくない」
「でしょう?私も形ばかりに室を持つのも気が引けます。貴女様を迎えられたら、この上ないとは思っても、それが叶うはずもなく」

 ふい、と顔を起すと小十郎は文机の上の硯に向かって墨をすっていく。しゅ、しゅ、と規則正しく擦られる墨をじっと見つめながら、政宗は改めて静かに云った。

「…小十郎、好きだぜ?」
「存じています」

 頷く小十郎をじっと見つめる。こうして見ていてもやはり出来た男だと思ってしまう。十歳の年の差のせいか――年以上に落ち着いて見える。物腰、器量、武力、どれを取っても自分には出来た部下であり、そして恋慕の相手だ。

 ――俺はこいつを独り占めしたい。

 ざわざわと沸き起こるのは、独占の感情だ。彼を裏切る形になったあの時、それを強く思い知った自分の、幼さと浅はかさを今更ながらに悔やまれてしまう。

 ――見切りつけられても、俺は首を横に振るしか出来ないだろうな。

 奥州筆頭としても自分が、と思わなくもないが、彼に見限られたら泣いて縋るくらいはしそうな気がしてしまう。目の前で出来上がっていく墨に視線を移して、その澱む色合いを眺める。

「小十郎は、俺を本当に…――いや、いいや…」
「失礼」

 首を横に振って、言いかけた言葉を押し留めると、ふ、と視界が翳った。影に気付いて顔を上げた瞬間、小十郎の柔らかい視線がぶつかってくる。
 頬に――顎先に触れてくる彼の大きな手に、そろりと自分の手を重ねる。手首に自分の手を重ねて掴みこむと、柔らかく唇がふさがれた。

「――…っふ」

 角度を変える瞬間に、軽く吐息が漏れる。そうして何度か深く口付けていくと、ぐい、と胸元に引き寄せられた。
 細腰に小十郎の腕が絡まり、ぎゅう、と抱き締めてくる。

「小十郎…」
「これでも我慢した方なんですよ?貴女様を守りきれなかった不覚、今思っても腸が煮えくり返ります故。それを何度も思い出してしまいまして」

 耳元に小十郎の抑えた声が響く。何度も頭を撫でられながら、政宗は彼の肩口に顔を埋めた。久しぶりに感じる小十郎の体温に、ふわり、と微かに香る香の香りが懐かしい。

 ――二ヶ月って、結構長い。

 自分が彼に飢えていたのだと知らしめさせられてしまう。政宗は小さく身体を動かして、腕を小十郎の脇から背に回す。
 胸元が柔らかく彼の胸に当たり、密着しているのが気持ちよかった。政宗は、ふう、と小さく深呼吸をすると小十郎の耳元に背を伸ばして口元を近づけた。

「なぁ…その…――」

 小十郎は、なんでしょうか、と政宗の唇に呼応するように耳元を向けてくる。どうしても小声になってしまうが、ひそひそ話をするかのようにそっと政宗は彼の耳に囁いた。

「終わったら、しねぇか?」
「――直接的ですね?」

 ふふふ、と小十郎が口の中でくぐもった笑いを零す。だが余計に腰にまわした腕に力をこめて、喜んで、と告げられた。その事にホッと安堵してしまう。

「本当はこんな仕事、全部投げ打って今すぐお前としたい。でも、これは片付けないと…」
「それはそうです。やって頂かないと、政務が滞ります故」

 小十郎から腕を離して見上げると、既にいつもの部下の顔つきになっていた。その事に「shit!」と舌打ちをすると空かさず「お行儀悪いですぞ」と窘められてしまった。






12





to be continued・・・