舞う花びら、その先に





 奥州への出立の際に軽く挨拶を交わす。だが幸村と政宗は視線を合わせることも無かった。会話もほぼなく、殆ど小十郎が政宗の言を代行して行く。
 政宗はひらりと自分の馬ではなく、小十郎の馬に乗り上げた。そして少し前の方へと座り込むと小十郎を見下ろす。

「政宗様…――?」
「何やってんだよ、さっさと乗れ」
「は…――」
「だから、相乗りだ、相乗り。お前が手綱を引け」

 ち、と吐き捨てながら政宗が言う。彼女の言葉をうけて小十郎がひらりと乗り上げると、政宗は背後の小十郎に凭れかかって行く。

「政宗様…お加減でも?」
「違う。奥州が近づいたら、自分の馬に乗る。ゆっくり行こうぜ」
「――…はい」

 小十郎の胸の中にすっぽりと納まりながら、政宗は腕を回して彼の陣羽織を引き寄せた。そうすると本当に懐に隠れるかのようだった。
 まるで甘える子どもと変わらない――小十郎が彼女を抱きとめながら手綱を手にし、政宗の馬の手綱を鞍に括り付ける。
 ふと小十郎の胸の中から、ひょい、と顔を出して政宗が見送りにきていた幸村に声をかけた。

「おい、真田幸村」
「はい」
「世話に、なったな」
「お気になさらず」

 静かに会釈をする幸村を馬上から見下ろし、政宗はそのまま青灰色の瞳を小十郎へと向けた。そして、行こうぜ、と声をかける。
 政宗の指示で小十郎が馬を進ませていく。すると、ふう、と政宗は緊張を振り解くように溜息を付いた。こうして安堵している政宗を見ると、業と彼に甘える姿を見せたのではないかと――幸村への牽制をしたのではないかと思案された。
 小十郎が肩越しに静かに真田邸を振り返ると、まだ幸村は拳を握ったまま、頭を下げていた。

「――――…」
「おい、小十郎」
「は、何でしょうか」

 呼びかけられて顔を前に戻す。すると政宗は腕を伸ばして小十郎の頭を引き寄せた。間近に迫る政宗の瞳が真剣だった。戦いの最中のように、真っ直ぐに見据えてきていた。
 その視線だけで射竦められそうになりながら、小十郎は引き寄せられるままに唇に吸い付く。深く絡まることは無くても、柔らかい感触に全て忘れてしまいそうになる。
 首に政宗の腕が絡まり、同時に政宗は身体の向きを反転させて馬に横乗りになった。

「――……っ!」

 ふ、と離れると今度は胸倉をぐっと引き寄せられていく。

「俺は、お前のものだからな」
「――……政宗様」
「二度と、血迷わねぇ。俺は、お前のだ」

 ――だから俺だけ見ててくれ。

 最後の言葉は小さくなっていた。それがどれ程の意味を持っているか――主従としてだけでなく、というのなら、それは全てが叶うものではない。それを解らない政宗でもない。だが和えて此処で口にするのは、それほどに小十郎を思っているからだろう。
 小十郎は片腕で政宗を自分の胸に強く引き寄せると、耳朶に唇を寄せて言った。

「御意のままに」

 ぎゅう、と政宗が腕を回して抱きつくと、再び身体の向きを変えて前に向いて彼女は座りなおした。この不安定な馬の上で危なげもなく動く政宗から目が離せない。
 だが背中を見せた彼女は、既にいつもの「男」としての自分を取り戻していた。低い声を出して、甘えを赦さない――それは自分に対してだったのだろう。

「この話は此処に捨てて行く。俺も忘れた、だから…お前も忘れてくれ」
「貴女様には逆らえませぬ」

 小十郎が背後から彼女の腰を支えると、静かに政宗は頷いていった。
 断ち切らなくてはならなかった想いは、どんな想いだったのだろうか。それを考えるだけの余地は無かった。





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to be continued・・・