舞う花びら、その先に 長篠の合戦の折、被弾した政宗を甲斐で預かることになった。甲斐邸内の一室を彼の居室として預かった。幸村は刃を交えた相手を知りたいと、足を運んでいたが、その度に彼の側近に追いかえされてしまう。 しゅん、と項垂れながら廊下を歩いていると、ぱたぱた、と下女が盥に張った湯をもって歩いていく。 「何処にもっていくのだ?」 「あ、これは…伊達様に」 急に幸村に声を掛けられて下女が恐縮する。だが膝を突くわけにもいかず、立ち止まったまま頭を伏せた。 ――ひょい。 幸村はその下女の手から重そうな盥を取り上げると、手にとった。 「あ!」 「いい、これは某が届けよう」 「で、でも…」 「そなたは他の者たちを介抱してやれ」 言い聞かせると、正直に下女は下がっていく。幸村は今いた廊下を再び奥へと進んでいった。 「政宗様…痛みますか?」 「ふざけたこと抜かすな、小十郎」 ――痛ぇに決まってるだろ。 ふふふ、と笑いながら政宗が素肌を晒す。その傷跡を診ながら小十郎が眉根を寄せた。服を脱いでみれば彼の体つきがいかに華奢なのかが窺える。だがその腕や、背に、しっかりと筋肉がついているせいで、しなやかなのは変わらない。 ――手なんて、何度も潰したマメとか、傷跡で、そこらへんの男より逞しい。 ふと政宗の手をとって小十郎が溜息をつく。そして「失礼」と声をかけて政宗の正面に座り込んだ。 「また何か余計なこと、考えてるだろ」 「…貴方様がこうしていなければ…この手は絹のままでしたでしょうに」 「またその話か?まぁ…でも、こんな手でも、お前は愛してくれるじゃねぇか」 「――ごもっとも。私は貴方様でしたら、どのようなお姿でも」 ふわ、と政宗の手の甲に小十郎は口付けていく。それを受けながら、政宗は口の中で笑うと、寒いから早く、と彼の肩を押した。それに気付いて小十郎が再び「失礼」と声を掛けると、晒しを広げて彼の胸元から巻いていった。 ――がたん。 不意に戸のほうから大きな音がした。咄嗟に小十郎が戸の前に出て、政宗を自分の背に隠す。すると其処には幸村がいた。 「伊達…殿…?…――そのお姿は…」 幸村は愕然としながら彼らを見下ろしていた。そしてその場に膝をつく。その様子を冷ややかに見つけながら、棘のある声音で政宗が舌打ちをした。 「ああ?――小十郎、人払いしてたんじゃねぇのかよ」 「申し訳ありません」 背に政宗を隠したまま、小十郎が頭を下げる。政宗は小十郎の肩を押し寄せ、座ったままで幸村に相対した。 幸村の視界に上半身をむき出しにしたままの政宗が映る。だがその体つきはどうみても男のものではない――華奢な骨格に、丸みを帯びた胸元が目に入ってきた。晒しで巻かれているとは云え、隠し通せるものではない。そうして見れば、どうして気付かなかったのかと思うほどに、容貌はいちいち繊細な作りをしている。 「某は女子と戦っておったのか」 幸村が呆然と云うと、政宗は胸を張って声を上げた。 「今更、男だ女だってぎゃあぎゃあ喚くんじゃねぇよッ」 「しかし…」 ――がしゃんッ。 幸村の頬を、投げ込まれた湯飲みが掠る。それは背後の戸に勢い良くあたって、床に落ちた。 「ふざけんな。こっちは国賭けて戦ってんだ。それに一々、男だ女だって拘っている奴が何処にいる。無礼も大概にしやがれ」 「――…」 吐き捨てるように政宗が云うと、ふいに上半身を折り込む――すかさず、小十郎が彼、いや彼女の肩を正面から支えた。痛みに眉根を寄せ、政宗がそれでも幸村を睨みつけてきた。 「それにな、奥州の女はそこらの男より強いぜ?」 「――……」 何も云えずに幸村はただ彼らを見ている――いや、視線をそらせなかった。 「北の地は厳しい。それに耐えうる強さを、誰もが持っている。解ったか、この童」 そこまで云うと政宗は小十郎の肩に額をつけて、瞼を閉じた。はあはあ、と息が荒い。呼吸を整える間、小十郎は溜息つきながら、せっせと政宗の身支度整えていった。そして肩越しに「この事は他言無用」と釘をさしていった。 →2 090714 start〜 |