Cherry coke days





 一日を終えて家に帰る際に、佐助はふらりと一年のクラスの前へと足を伸ばした。すると調度、幸村が出てくるところで一緒に並んで歩き出す。
 家に着くまでの間、会話は数える程しかしていない。

 ――まだ意識している…。

 ふとそう思うのは、自分が意識しているせいで、時々声が上ずりそうになるからだ。幸村に告白して、キスして、そして幾日か経った。
 徐々に激しく高鳴っていた胸も落ち着きを取り戻したというのに、未だに意識してしまって落ち着かないことも多い。特にこんな風に二人きりになると、かなり強く意識してしまって仕方ない。

 ――つい。

 半歩だけ幸村の後ろに引いてみる。少し遅れても彼は気付かないようで、先にすたすたと歩いていってしまう。半歩遅れて歩く間、佐助はずっと幸村の影を踏んでいた。

「佐助…あれ、何と見る?」
「え?」

 自宅の前でふと幸村が指先を上に向けて振り返った。ずっと足元ばかり見ていた佐助は、彼の誘導に従うようにして振り仰いだ。すると其処には飾られた竹――もとより敷地内に竹はいくらでも植わっている。そのお陰で毎年、筍掘りをする羽目になるのだが、その竹に飾りが施されている。

「――大将、今度は何を思いついたってんだろうね…」
「おお、やはり!お館様のなさりようか!」
「あ、ちょ…旦那?」
「お館様ぁぁぁぁぁッ!只今戻りましたぞぉぉぉぉぉぉッッ!」

 佐助の止めるのも聴かず、一気に幸村は駆け込んでいく。本家だからという訳でもないだろうが、幸村は祖父を「お館様」と呼ぶ。その声が響き、そして佐助が額を押さえながら門を潜ると、ちょうど熱い拳で弾き飛ばされてきた幸村が視界に入った。










 熱い拳をぶつけ合った筈の幸村は、今もくもくと佐助の部屋で向かい側に座っている。そして手には短冊を持ち、あれこれと書いていた。
 ペンを回しながら佐助はそれをじっと見つめ、彼の旋毛を覗き込む。

 ――俺の部屋に来てくれるのは嬉しいんだけどさ。

 いつもと変わらない彼に、少しだけ落胆してしまう。佐助の部屋は一階にあり、幸村の部屋は二階だ――位置的には調度、上下の場所になる。少し前に彼が自室に引き篭もってしまったのが嘘のように感じられた。

 ――あの時の、キス、忘れてたりして。

 今の幸村をみていると、告白さえも忘れ去られていそうで不安になってくる。冗談だと受け流されたらどうしようか。
 くるくる、とペンを回していると、幸村がふと顔を上げた。

「佐助は何と書くのだ?」
「うーん…?」
「佐助?」

 身を乗り出しながら幸村が聴いてくる。佐助は頬杖をついて、ペンを指先でくるくると回したまま、さらりと言ってのけた。

「そうだなぁ…旦那とキスできますように、かな」
「な……ッ!」
 ――それは駄目だ!

 ぶんぶん、と両手を振って幸村が止めにかかる。その顔色が真っ赤になっていて、鼻の頭にはほんのり汗まで浮いていた。よほど焦っているのだろう。佐助はそれでも頬杖をついたままの姿勢を崩さない。

「だって俺の今の願いっていったら、それくらいだし。あの一回だけだしさぁ」

 ――あの一回。

 それは幸村が佐助に告白した時のことだ。ぐ、と幸村の口元が引き結ばれ、かぁ、と耳元まで赤くなりながら俯く。
 だが不意に顔を起こし、幸村は真っ赤な顔のままで困ったように眉根を寄せた。

「ししししかしッ!お館様が観たら…」
「じゃあ、別のにしようか」
「それがいい」

 にこ、と佐助は微笑みながら提案する。すると幸村も表情を明るくして、何度も頷いた。佐助は短冊に書くまねをしながら、内容を口にした。

「じゃあね、旦那とセックスできますよ…」
「わあああああああああッッ!!!!」

 咄嗟にペンを持つ佐助の手を掴み、幸村が止めに入る。

「はははは、冗談、冗談」

 ぎゅう、と佐助の手首を握り締めたままの幸村が、ホントか、と何度も聞き返す。その度に、ホントだよ、と佐助が繰り返すと、そろそろと幸村は佐助の手首を離した。
 だが、佐助の瞳を見つめると、バツが悪そうに顔を背ける。

「あ、あまり…見るな」
「どうして?」

 聞き返すと、ぱくぱく、と口を動かして――結局言葉は紡がずに、幸村は一度口元を引き結ぶ。そして、咽喉がこくりと動いたかと思うと、小さな声で告げた。

「今、その願い、果たすか?」
「え?」

 今度は佐助の瞳が丸くなる番だった。二の句が告げずにいると、幸村は身を乗り出してきて「キス、するか」と聴いてきた。
 その一言に頷く間もなく、そっと佐助は彼に指先を伸ばしていった。






 →10






Date:2009.07.11.Sat.22:46