Cherry coke days





 そういえば七夕だった、と思い出したのはその日の昼休みだった。元就とクラスの違う元親は、手に昼食を持って元就の元へと足を向けた。だが入れ違いになったらしく、其処に元就の姿はなかった。

 ――毛利君?あの素晴らしい重箱をもって先程、階段を上っていったよ。

 入り口付近で竹中に聞くと、彼は小首を傾げて見上げながら教えてくれた。それに礼を言いながら、ひょいひょい、と階段を上る。

 ――たぶん、中二階だな。

 隣の棟を結ぶ中二階には、屋上のように吹きさらしになっている場所がある。よく其処で元就は一人で寛いでいたりする。それを思い出しながら元親は歩調を速めていった。
 ばたん、とドアを開けると元親は辺りを見回した。そして自分が出てきたドアの上に通じる梯子を横から上る。

「元就、見っけ」
「――――ッ」

 ひょこ、と頭を出すと、調度ドアの上の部分――いわゆる屋上ではあるが――に座り込んだ元就が、箸を咥えて驚いた顔をして見せた。彼の膝の上には三段になった重箱がある。

「お前、行動解りやすすぎ」
「う、煩いッ」

 ごくん、と元就は急いで口の中のものを咽喉に流し込む。元親は、よいしょ、と声を掛けながら梯子を上りきり、元就の傍へと近づいた。

「何用ぞ」
「飯、一人で食うなよな」
「我の勝手だろう」
「一人で食うと味気ない」

 がさがさ、と元親は持っていたビニール袋からタッパを出す。中にはさくらんぼが入っていた。それを広げて元就の前に出すと、彼は進める前にそれに手を伸ばしていた。

「美味いだろ?」
「佐藤錦か」
「そ。貰ったからよぅ」

 もごもご、と元就は口にさくらんぼを運び、そしてたびたび白い手を椀の形にして種を出す。その仕種を見ながら、元親は自分の弁当箱を取り出すと、箸をつけ始めた。

「なぁ、元就ぃ…」
「なんだ?」
「今日、七夕だって、知ってた?」
「当たり前だ」

 元就は持ってきていた水筒から茶を注ぐと、こくこくと呑んでいく。大量の昼食を持ってこようとも、元親にひとつたりとも進めないのが元就らしい。元親は箸の先を、ふい、と元就に向けた。

「一緒に見ねぇ?」
「どうせ見れぬ」
「なんで?」
「天気予報くらい見ろ」

「でもよぅ、ちょっとくらい見えるかもよ」
 ははは、と笑うと、行儀が悪い、と諌められる。

 ――食べてる時とか、こんな時には普通に。

 だが二人の間には問題がひとつ横たわったままだ。それを思い出すと彼は逃げてしまう。元親は何とか話し合いたい気もしていたが、どうしても元就は話をそらしてしまう。

「織姫と彦星だって逢瀬を楽しむ日だってのに…俺たちだってさぁ…」

 ふいに出た呟きに、元就が静かに立ち上がる。そして梯子を使わずに、ひらり、と下に下りたった。元親は慌てて元就の後を追って、同じように中二階の、ドアの上から飛び降りた。すたすたと歩いていく元就の後姿を追いかける。

 ――速ぇぇッッ!

 容赦なく早足で歩く元就に、駆け込んでその肩を掴んだ。

「おい、おいって!待てよ、元就」
「ええい、追って来るな、馬鹿者がッ」
「待てよッ」
「くどいッ」

 ――ばっ!

 掴んでいた肩を――手を振りほどかれる。崩したバランスの先で、ぐらりと体勢が傾いたが、足を踏ん張って持ちこたえ、元親は強く後ろから元就の肩を引き寄せると、勢い良く自分の胸元に引き寄せた。

「待てって…――」
「聞きたくないッ」

 元就は抱きしめられているにもかかわらず、両耳を手で塞ぐ。それを引き剥がすようにして元親は手首をとり、そして肩に顎先を乗せて、腕から拘束するかのように――腕を絡めて抱きしめた。

「言わせて、くれよ…――ッ」
「聞きたくなど、ない」
「なんで…――?」

 静かに聴くと、元就は顔を横にそらした。そして震える口調で――それが怒りなのか、戸惑いなのかは解らなかった――はっきりと云った。

「今を変える気は無い。我の中にこれ以上土足で踏み込んでくるようなことはするな」

 ざく、と胸を抉られた気がした。拒絶の言葉は元親の胸を容赦なく抉ってくる。それでも諦める気にはなれそうにもない。いや、もとより諦める気など無い。

「俺は…それでも、踏み荒らしたい」
「断る」
「――元就」

 元親は後ろから抱きしめていた腕を解き、肩を押すと正面に向き合う。すると元就の表情が今にも泣き出しそうに頼りなく、いつもは秀麗な眉目が幼くなっていた。それを正面から見つめてしまうと、元就ははっと気付いたように顔を赤くして俯いた。
 元親は呆気にとられつつも、正面から思い切り自分の胸に彼を押し付けた。こんな顔を他の誰にも見せたくない――そんな気持ちもあって、ぎゅう、と彼の頭を抱え込むようにして抱きしめた。

「は…はな、せ――ッ」
「何も云わないから。まだ…待つから。だから、」

 ――俺を避けるのだけは、やめて

 もがく元就に元親は告げる。すると元就の動きがぴたりと止んだ。そして、そろそろ、と元親の背に元就の腕が回り、身体を預けてくる。溜息と共に元就は落ち着きを取り戻しすと、よく通る涼やかな声を響かせた。

「済まなかった」
「うん……今日さ、一緒にいような」

 ――七夕だし。

 家に行くから、と告げると素直に元就は、こくん、と頷いた。そして「元親」と呼びかけてくる。どうせなら土産を持て、と散々な事を要求する。

「…ケーキが食いたい」
「買ってやるからさ」
「一個丸ごと、ホールだぞ」
「いいよ」

 取り敢えずは飯の続きな、と元親が手を引くと、元就は思い出したように元親を振りほどくと、すたすたと足を進めていく。その後ろ姿を追いかけながら、元親は苦笑するしかなかった。





 →9





Date:2009.07.08.Wed.23:10