Cherry coke days



 膝折れしそうになりながら、政宗は椅子を引き寄せて座る。すると小十郎がカップにたっぷりといれたコーヒーを持ってきた。それを受け取ってから、差し出された砂糖とミルクを入れていると、小十郎はくすりと咽喉の奥で笑ってみせた。

「なんだよ?」
「いや、甘くするもんだなと思って。可愛いな、そんなとこも」
「――ッ、悪かったな!お子様味覚で」

 かちゃん、とスプーンをカップの中に落としながら、政宗は慌ててコーヒーを飲みこんだ。外では文化祭のアナウンスや人の行きかう音が聞こえている。日常よりも騒々しくなっているというのに、この部屋の中だけは切り取ったかのように日常そのままだった。
 目の前でコーヒーに口をつける小十郎を見つめながら、政宗は指先を――掌にカップを持ったままで、組んだり解いたりを繰り返していく。

「あのさ、片倉」
「なんだ?」
「もう…昼飯、食っちまった?」

 もしまだだったら、一緒に屋台を見ても良いかもしれない。さり気なく側を歩くくらいなら、付き合っていることもばれない筈だ。そんな気持ちを押さえ込みながら、政宗は問うてみた。しかしその願いも虚しく、小十郎はあっさりと頷いてしまった。

「さっき他のクラスの子たちが来てな。食べきれないくらい置いていかれた」
「あ…?」

 顎で指し示されるから、その方向へと首を巡らせる。するとパックに詰め込まれた屋台物が積まれている。よく観ると其れだけでなく、可愛くラッピングされたカップケーキなんかも入っていて、政宗は頬が引き攣れるような気がした。

 ――こいつ意外と人気あるもんな。

 ず、と音を立てながら山となった差し入れの数々を睨みつける。不満になりながら眉根を寄せていると、つん、と小十郎の指先が政宗の眉間に触れた。

「そう怒るな」
「怒ってねぇよ」
「俺だって、お前と同じ齢なら、一緒に騒いだり出来たんだろうなって…」

 そこまで言ってから小十郎は、しまった、とばかりに口元に手を当てた。だがその先を聞きたくて政宗は身を乗り出す。そしてじっと――青灰色の瞳を彼に向けて――見つめていると、観念したかのように小十郎はぼそりと呟いた。

「正直、少し妬いている」
「お、俺も!俺も…そんな風に思ってて…」

 互いに同じようなことを考えていたと気付くと、政宗は嬉しくなって彼の胸元を掴んだ。表情を輝かせて、嬉しそうに乗り出すと、間近に彼の顔が迫っていた。

 ――やべ…。

 ハッと気付くと自ら彼に近づいてしまっていた。

「――…ッ」

 顔が近づく――間近で彼の睫毛が動くのが見えた。それくらいに近づいてから、政宗は身体をぐんと伸ばして、勢い良く小十郎の頭を自分の胸元に引き寄せていた。
 自分でも何をしたのかよく解らない。ただ彼を抱き締めたいと思ってしまった――彼の睫毛が見えた瞬間、なんとなく子犬のような――置いていかれた寂しそうな瞳のように見えてしまった。眩しそうに眇められる瞳に、もっと近づいて欲しいとさえ思ってしまう。

「伊達…?」
「Shut up!偶には…俺にしがみ付いててくれ」
「はは…随分と男らしい」
「俺、男だもんよ」

 ぐっと彼の頭を自分の胸元に引き寄せると、今度は背中に強い彼の腕が回ってきた。吐き出される吐息が胸元に熱く振りかかる。

「片倉…お前だって、こうしていると可愛いぜ?」
「ぶ…ッ、それは無いだろう?」

 参ったな、と小十郎は言いながらも政宗の胸元にしがみ付いている。政宗は珍しいものでも触れるように、そっと彼の襟足に触れたりして手元で弄んでいた。

「伊達…今日、文化祭が終ったら…どうする?」
「どうもしねぇよ。ただ帰るだけだ」
「前田達と打ち上げとか…」
「今回は行かねぇ。どうせつるんでもいつものメンバーだぜ?」
「そうか…」

 はは、と笑いながら答えつつも、密着していく温度に鼓動が早くなっていく。胸にぴったりと顔を寄せている小十郎に、自分の鼓動の音が聞こえてしまいそうで、政宗は何度も生唾を飲み込んだ。それでも治まるどころか、胸の高鳴りは激しくなっていくだけだ。
 だが少しホッとした様に呟いた小十郎に、政宗は小首を傾げてみせる。

「何かあるのか?」
「暇なら、栗、もって行かないか?」
「は?」

 顔を起して小十郎が腕から力を抜く。腕を解かれて肌が離れると、政宗は後ろ手で椅子を引き寄せて座り込んだ。すると小十郎はデスクに片肘を付きながら顔をのせた。

「上杉先生からたくさん貰ったんだ。今日は栗ご飯の予定で下ごしらえしてきているけどな、それだけでなくて大量にあるから…もし良かったら半分…」
「栗ご飯?」

 ピン、と政宗の耳にそれが響く。季節は秋だ――秋の味覚に反応して身を乗り出しかける。小十郎は手を伸ばして政宗の右眼に掛かる髪を撫で上げる。彼の手に頭を撫でられるのも、こうして髪を掻きあげられるのも嫌いではない。まるで猫でも撫でるようにして小十郎は政宗に伺いを立てる。

「帰りに送るからもって行かないか?」
「片倉、今日、栗ご飯?」

 政宗の瞳が輝きを増す。説明を聞いていなかったな、こいつ、と小十郎が考えつつ頷くが、構わずに政宗は拳を握った。

「俺も栗ご飯食べたい!」
「男の料理だぞ?上手いとは言えないし、ご家族も…」
「俺殆ど一人暮らしだから気にするな。あのさ、それ…俺、片倉ん家に食べにいっちゃいけねぇ?」
「――…」

 ぴた、と捲くし立てていた政宗に小十郎の口元が閉じられた。途端に真顔になった彼に、政宗は少しだけ引いてしまう。そして小声になりながら、覗き込むようにして小首をかしげてきた。

「駄目…か?」

 暫くすると小十郎は、大人って厭だな、と一人ごちながら、口元に手を宛がって、ちらりと政宗に視線を向けた。まるでそれは確認するかのような視線だった。

「栗ご飯、だけだよな?」
「え…?」

 勿論、秋の味覚を楽しむ為だ。他に何があるのだろうかと政宗が動きを止めると、疑問を解明するように小十郎は聞いてきた。

「いや、下心あって言ってる訳じゃないよな?」
「下心…?あッ」

 かああ、と頬が熱くなってくる。仮にも付き合っている相手だ――好きだと、確認しあった仲の自分達が、相手の家に行くとなると下心も考慮されるだろう。全く予想していなかった政宗の様子に、小十郎は「すまんな」と肩を叩いてくれた。

「だったら帰り、一緒に帰るか」
「秋刀魚も食べたい…」
「良いぞ。何なら秋茄子の味噌汁もつけようか」

 真っ赤になりながら、悔し紛れにそういうと、小十郎はくしゃくしゃと政宗の頭を撫でていった。





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