Cherry coke days



 勝手にメールを打たれたものだから、心の準備が追いつかない。毎回会うたびに心の準備が必要だなんて、どれだけ相手に心酔しているのかと、自嘲したくなる。

 ――いつかは、ドキドキしないでも顔つき合わせられるようになるのかな。

 自然と――当たり前のように隣に居るのに慣れていけるのだろうか。
 そんな事を考えていると足早になっていく。照れ隠し以上の何ものでもないが、政宗は勢い付いて一気に社会科準備室に走りこんでいった。
 教師だって文化祭を見て回る――だが小十郎ならばこういう時、一歩引いてみているだろうと予想が出来た。

 ――大方、準備室で眺めてるんだろ。

 窓から、皆がわいわいやっているのを眺めて、本人は楽しんでいる生徒達に優しい視線を送る。そういう奴だ、と政宗は脳裏に描いて準備室前まで駆け込んできた。
 社会科準備室の前にくると、政宗は呼吸を整えた。
 上下に揺れる胸元に手を置いて、はあはあ、と乱れた息を正す。そして気合を入れて、ドアノブに手を掛けかけて、動きをとめた。

「――…」

 ふわ、と鼻先にコーヒーの香りが触れてくる。

 ――上杉先生か?

 以前、上杉先生にコーヒーをご馳走になったことがある。それを思い出してドアを開ける手を止めてしまった。そもそもメールで慶次が「今から行く」と打ったが、返信をみていない。相手の都合を聞いていなかったことを思い出して、政宗は逡巡した。

 ――ええい、構うもんか!

 中に他に誰か居ても構わない。逸る気持ちを抑えることなんて出来ない。ここまで来るとどうしても小十郎の顔が観たくなってきていた。
 政宗は再びドアノブに手をかけて、ぐっと力いっぱい開いた。

 ――どんッ

「ぶ…――ッ」

 ドアをあけた途端、鼻先を強く打ち付けて背後に倒れそうになる。それを空かさず背に腕が回ってきて引き寄せられた。くらくらと目を回しながら、ぶつけた鼻先に手を添えていると、目の前に壁の如くに現れた張本人がいた。
 政宗がぶつけたのは彼の胸元だ――思い切り打ち付けた際に、ふわりとコーヒーの香りが中から漂ってきていた。

「やっぱり」
「な…か、かたく…――?」
「影が映っているのに中々入ってこないからだぞ?」
「――…ッ」

 傷む鼻先に小十郎の手が、ちょい、と触れてきた。彼の指先が鼻に触れただけで、ぐわ、と身体の体温が上がった気がした。
 支える為にまわされた腕が、ぎゅ、と強く引き寄せてくる。そのまま小十郎の胸元に引き寄せられて、抱き締められて、あっという間に中に引き入れられた。
 間近に小十郎の――眼鏡をかけた顔がある。時々かけられる眼鏡が不思議と、色気をかもし出しているように思えた。

 ――かちゃん。

 抱き締められて、首元に小十郎が顔を埋めてきたと思ったら、背後で鍵がなる音がした。

「いいのかよ…?」
「ああ、構わない」
「っていうか、どうしたんだ?お前、なんか…――その」
「俺だってこうして伊達を抱き締めたい時があるんだ。覚えててくれ」
「っ…う…うん」

 珍しく彼の方から触れてくる。軽いキスは何度かしたが、こんな風に触れ合うのは初めてだった。
 抱き締められているだけなのに、どきどき、と胸が鳴ってきて五月蝿いくらいだった。政宗は肩口に乗ってきている小十郎の顔にそっと手を添えて、眼鏡をゆっくりと外した。すると小十郎は驚いたのか、瞳をぱちりを動かしてきた。

「あ、いや…当たるから」
「ふ、そうか。そうだよなぁ」
「お前、何笑ってんの?あ、まさか何か期待した?」

 くすくす、と眉根を寄せて笑う姿に、ハッと気付く。よくよく考えると自分はもしかしたら大胆なことをしてしまったのかもしれない。

 ――俺はまだ大人じゃないから解らねぇけど!

 胸裡で反論しつつ、小十郎を睨み付けると、前髪を掻きあげるようにして彼の手が額に触れてきたと思って目を瞑ると、ふ、と掌よりも柔らかい感触が額に触れた。

「まぁ、そんな処かな。コーヒー飲まないか?来るだろうと思って淹れておいたんだ」
「――…ッ」
「甘いの、好きだよな?準備するから座ってろ」
「う、うん…」

 ふわ、と離れる小十郎の身体――支えを失って政宗はその場に倒れそうになった。触れられた額に手を添えて、ぶわあああ、と顔が熱くなる。額にキスされたと気付くと、かくん、と腰からその場にへたり込みそうになっていった。





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