Cherry coke days



 焼きソバとお好み焼きを三人で囲んで頬張っていると、佐助が頭のタオルを取りながら近づいてきた。そして政宗と幸村の間に椅子を滑り込ませて座り込む。

「お待たせ」
「誰も待っちゃいねぇって」

 べえ、と舌先を政宗が見せると「青海苔ついているよ」と空かさず佐助が忠告をいれる。政宗が口元を拭っていると佐助は身体の向きを幸村に向けて覗き込んだ。

「旦那、それだけで足りるの?もっと持って来ようか?」
「ぬ、大丈夫でござる」
「そ?」

 幸村は焼きそばを口に入れながら、徐々に俯いて――そのまま、ぷい、と佐助とは反対側に座っている慶次の方をむいてしまった。

「ん?幸村、お好み焼き食べる?」
「自分のがあり申す」

 慶次が自分の食べているお好み焼きを箸で指し示すが、幸村は首をふるふると振った。ただ咀嚼する音だけが響く中、佐助は「ふうん?」とかすかに相槌を打った。

「――…」
「ねぇ、旦那。ちょっと変じゃない?」
「変なことあるか」

 言いながらも幸村は首をふるふると振ってから、もくもくと焼きそばを掻きこんでいく。いつもなら食事時にはもっとおいしそうに食べる姿が見られるのに、と佐助は訝しく眉根を寄せて乗り出した。

「いや、何か変。政宗、慶ちゃん、変なこと吹き込んでないよね?」
「変なことってあんだよ?」
「俺も気になるぅ」

 佐助が危惧を政宗と慶次に向けると、二人はけろっとして茶化してみせる。先程窓から見下ろした際に、幸村は二人に囲まれるようにして座っていた。そこから推測するに、二人に何か吹き込まれたと考えるのが妥当なところだろう。だがこの二人が簡単に口を割るとも思えないのも事実だ。
 佐助は、ち、と舌打ちをこれ見よがしにしてから、幸村を気遣うように肩に手を置いた。

「ったく、どうしようもない。本当に平気?」
「――…ッ」

 びく、と幸村の肩が揺れる。途端に反応したことに佐助が瞳を見開いた。だが幸村はそれを打ち隠すようにして、俯いていく。

「平気でござる」
「嘘だ」

 佐助がきっぱりと幸村の言葉を打ち消す。だが頭ごなしにそう否定されると反論したくなるものだ。幸村は唇を尖らせながら反論しようとした。

「嘘では…」
「だったらこっち観てよ」
「――…ッ」

 ぐい、と無理矢理に顎先を掴まれて佐助の方へと顔を向けられる。正面から佐助と向かいあうようになって、幸村は大きな瞳をぱちりと動かした。

「俺、何かした?」
「いや、佐助は何もしておらん」
「でも避けているでしょ、何で?」
「それは…」

 何とかして彼から逃げようとして幸村は口元をかくかくと動かして反論する。だが彼にかなうはずも無い。佐助は幸村の口元を指先で拭ってから、顔を寄せてじっと伺ってくる。

「言っちまえ、真田幸村」
「そうそう、言っちゃえば何とかなるって」

 ぼそぼそとギャラリーの二人が他人事であるのが丸解りな程に、素っ気無く水をさす。いつもなら二人に釘を刺すところだが、佐助はじっと幸村を見つめたままだ。
 幸村は二、三度、瞳を泳がせてから瞼を落とした――顔の向きは佐助が押さえているので動かせない。

「どんな顔をして会えばいいのかと」
「え?」
「き…昨日の今日、何だぞ?」

 言われて見るとそうだ――今朝は佐助の方が早く登校している。顔を付き合わせたのはこれが最初だ。
 それに幸村の視線がふと佐助の首元に向って、少しだけふわりと赤くなった。

 ――あ、自分でつけた痕に気付いたんだ。

 今佐助の首には幸村がつけた痕がある。それに気付いて余計に昨夜のことを思い出したのだろう。幸村は泣き出しそうなほど真っ赤になって、いつもは凛々しく引き絞られている眉を下げていく。

「そか…うん、そうだよね。でも普通にしてて」
「普通になど、お前を前にして無理だ」
「――…ッ」

 ぷう、と不満を漏らしながら膨らませられた頬に、佐助はへなへなと頭を垂れた。今すぐ、誰もいなければ彼の頬に、唇に噛み付きたくなってしまう。

「旦那ぁ、あのさ…」
「な、なんだ?」
「今すぐ、ぎゅーってしたい」
「駄目だッ!」

 きっぱりと幸村は断ってくれる。それでも諦められないほどに、彼を愛しいとおもう気持ちが溢れてくる。佐助は顎先を掴んでいた手を離してから、頬杖をついて幸村を覗き込んだ。

「あまり観られていると食べずらいんだが」
「見せてよ、これくらいはさ」
「お前…」
「家まで、ぎゅーってするの我慢するから」
「う…」

 ――じゃないと此処でするよ?

 少しの意地悪を込めて言うと、幸村はしぶしぶながら頷いた。その様子をにまにましながら慶次が眺め、政宗もたきつけていく。

「ねぇ、政宗〜。片倉先生、お昼ご飯食べたかな?」
「食ってるんじゃねぇ?」
「でも先生達ってあんまり見ないよね?」
「まぁ、見回りくらいしてるだろ」
「もう!政宗ってば察しが悪いんだからッ」

 きい、と慶次が唸って机を叩く。政宗が食べ終わった焼きソバの皿に箸を乗せると、慶次は身を乗り出した。

「政宗もさ、意地張ってないで片倉先生に会いに行けばいいのにさ」
「でも…忙しいだろうしよ」
「そんなの関係ないってば!」

 ――お土産もって行けばいいじゃん!

 ばしばし、と慶次は机を連打する。そんな様子を見守りながら、佐助が「ふうん?」と小首を傾げる――そんな佐助を見上げてから、幸村はそっと机の下で佐助の手をとった。

「旦那?」
「某たちは、距離は近いが…な」
「あー…まぁね。政宗たちよりは近いよね」

 ふふふ、と二人が笑いあうのに気付いて、政宗はぎりぎりと歯噛みする。目の前の二人のことになれば、焚きつけることも出来るが、いざ自分となるとそうも行かない。
 徐々に窮地に立たされながら身を仰け反らせていると、慶次は腕をにゅっと伸ばして政宗のポケットから携帯を取り出した。

「慶次!手前ぇッ」
「強硬手段だかんね!」

 ――たたたた。

 慶次は両手を使って素早い動きで携帯を打ち込む。そして、にま、と笑うと携帯を放り投げて返してきた。

「片倉に、今から行くから動くな、ってメールしておいた」
「慶次ぃぃぃぃぃぃ」

 がたーん、と政宗が立ち上がる。だが彼の胸倉を掴む前に、顔に熱が上ってきていることに気付いた政宗は背中を伸ばすと「Shit!」と舌打ちをした。

「覚えてろよ、この野郎」
「わすれまーす」

 たん、と慶次の肩に手を置いてから、政宗は直に教室を飛び出していく。その後姿を見送りながら、素直じゃないんだから、と慶次が呟くと、佐助が横から「慶次もね」と付け加えていった。


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