Cherry coke days



 当初の目的通りに政宗と慶次が幸村を引き連れて、佐助たちのクラスへと足を向けた。だが目的地への廊下で徐々に幸村の足取りが悪くなり、ぴったりと政宗の後ろに引っ付いてしまう。

「おい…真田幸村」
「なんでござるか…」
「お前、何、チキンなってんの?」
「チキ…某、鶏肉ではござらんッ」

 政宗が呆れて言うとすかさず拳を握りこんで幸村が反論する。だがその間違いに慶次が頭上から軽く訂正を入れた。

「幸村、それ鶏肉の意味じゃないよ」

 慶次を見上げて幸村は「え?」と小首を傾げている。本気で意味をはき違えているらしい。鼻先をソースの良い香りが過ぎっているせいで、先程から腹の虫がぐうぐうなっているというのに、幸村の足取りは重い。その理由は一つしかないが、政宗と慶次は幸村を挟んで大仰に溜息をついた。

「幸村、俺の肩に腕を回せ」
「こうでござるか?」
「O-key!慶次ッ!」
「おうよッ!」

 政宗の背後にたった幸村が、ひょい、と政宗の肩に腕を乗せる。声をかけると慶次が後ろから、どっせい、と声を掛けながら幸村の身体を持ち上げた――所謂、おんぶ状態だ。

「なななな何をするでござるかぁぁぁっ」
「おっしゃ、推して参るぜぇぇぇッ」
「行け行け、政宗〜ッ」

 掛け声と共に一気に目指すクラスに向って駆け込み始める。怒涛の勢いで駆け出していくものだから、溜まったものではない。

「ふおおおおおおおおおっ!」

 がくがく揺れる背中に幸村が悲鳴を上げる。大絶叫となっているが構わずに政宗は走りこむし、幸村が逃げ出さないように慶次が背後には待機している状態だ。

「到着だッ!」

 一気に駆け込みながら、目を回していると政宗がぴたりと止まった。すとん、と床に下ろされるが、くらくらと視界は廻る。
 廻る視界のままに、よろよろと政宗につかまりながら進むと、鼻先に濃いソースの香りがして、幸村はしゃっきりと背を伸ばした。
 顔を起してみると、クラスの真ん中で頭にタオルを捲いた姿の佐助が居る。その姿を見てすぐに、幸村は後ずさった――だが背後には慶次が居る。逃げることは出来ない。

「いよう、佐助。来てやったぜ」
「遅いよ、政宗ッ!て、あれ?ちかちゃんは?」
「あいつは毛利ひっぱってトンズラ」
「あ〜…なるほどね」

 つかつかと進む政宗に佐助は手元を動かしたままで答える。からからと笑う姿に、あどけなさを感じて胸元がきゅんと引き絞られる。

 ――たった二年なのに。

 幸村と佐助の学年差はたった二年――三年の佐助と、一年の幸村だ。常に一緒に生活しているとはいえ、こんな外ではかすかにそんな違いを見つけてしまう。

 ――同じ学年なら。

 そんな風に幸村が考えていると、とん、と背後から背中を押される。

「慶次殿?」
「幸村、あんまり悩んだ顔していると…」
「え?」

 背後から腕を回してきた慶次が、ひょい、と幸村を持ち上げる。何だか今日は米俵にでもなったような気がしてしまう。すぐさま慶次が肩に幸村を抱えて、ずんずん、と進んでいった。

「ぎゃあああああああっ、何をなされるかぁぁぁ」
「佐助〜、お届けもの!幸村俵いる?」
「――…何やってんのさ、まったく」
「下ろしてくだされぇぇぇぇ」

 慶次は幸村を肩に担いだままで佐助の前に進み出た。すると、じゅわああ、とソースの音と一緒に佐助の呆れた声が響いた。

 ――とん。

 すとん、と慶次は業と幸村を佐助のまん前に幸村を下ろした。幸村と佐助の視線が、ぱっちりと合う。

「あ…――」
「旦那、楽しんでる?」
「う、うむ…」

 正面にいる佐助は先程のような無邪気さのかけらもなく、穏やかな表情になっている。そして伺うようにして幸村に声を掛けてくる。
 幸村は徐々に顔を赤らめて俯き始めてしまった。

「何がいい?お好み焼きと焼きソバしかないけど…って、旦那?」
「あ…そ、そうだな」

 目の前の鉄板の上を見ると、ぐううう、と腹の虫が鳴る。そうすると幸村は食べることに先ずは意識を向けた。すると佐助がこっそりと身体を屈め、幸村の耳元に囁いた。

「えと…身体、大丈夫?」
「――――ッ!だだだ大丈夫だッ」

 ぶわ、と途端に首筋から熱が込み上げてきた。一気に昨夜のことが思い出されて、ぶんぶん、と幸村は首を振ると顔を起した。

「あ、やっと顔見せてくれた」
「え…?」
「旦那、顔見せてくれないからさぁ。ちょっと待ってて。これ作ったら俺様も休憩するから」

 幸村の大声に政宗と慶次がつつつと肩を寄せてくる。そして幸村に向って肘で、とん、とん、と小突いてくる。

「じゃあそれまであっちで待ってようぜ?な、幸村」
「そうでござるな…」
「ちょっと、政宗、慶次?あんまり旦那を苛めないでよね」
「さぁな〜?」

 佐助が、いー、と歯を見せると政宗と慶次は幸村の肩を両端から組んで、にやりと口元を歪めた。それを観て、かすかに佐助が舌打ちをしたが幸村は聞かないことにした。





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