Cherry coke days





 教室の窓辺の席に来ると、元親が「おはようさん」と佐助に声を掛けたが、佐助は席に着くとそのまま机の上に突っ伏して「はー」と深い溜息をついた。

「なんか疲れてねぇか?」

 元親が気遣っていうと、顔を上げて頬杖をつく。朝からなんだかやつれたように見えてしまう。緊張の糸が切れたような風だった。

「元親…――聞いてくれる?」
「何かあったのか?」

 窓辺の奥の席でこそこそと話し合う。教室の中には登校してくる生徒でざわついていた。二人の会話になんて誰も注意を向けていない。

「昨日さ…俺様ついに想いを遂げたのよ」
「は?」
「うん、好きな子に、好きって言って貰えてさ」
「――良かったじゃねぇか……」

 ――まぁねぇ…

 喜ばしい事だろうに浮かない顔の佐助は「疲れた」と一言告げていく。元親は口元に運んでいた500mlのパックのミルクティにストローを挿しながら、へぇ、と相槌を打った。

「今朝すっごい意識しちゃって…肩が触れても、声聞いても、どきどきすんの。どうしたらいい?俺様の心臓、その内破裂しちまう」
「…それは目出度い悩みじゃねぇかよ」

 ――ずずー。

 嫌味なまでに元親は音を立ててミルクティを啜った。佐助は両手を頬に当てて口元を隠し、はあ、とまた溜息を付いた。

 ――こっちは元就とまともに話すらさせて貰えていないのに。

 がじ、と元親はストローの先を齧った。先日、付き合っていないと宣言した元就に、話し合おうと持ちかけているのに、彼はどうしても承諾してくれない。
 それどころか、まともに彼の姿を拝めていない。

 ――俺、挫けそう…

 がく、と首を項垂れさせるが、佐助はまだ先を続けて話していた。相槌をついてきていたが、佐助の告白がふと耳に引っかかった。

「でもさぁ…切っ掛けが切っ掛けだし」
「何したの?」

 ――風呂場で襲った。

 さらりと佐助が口にする。思わず、ぽと、と元親は口からストローを落としてしまった。そして、あんぐりと口をあけると今度は背を仰け反らせた。

「ば…――ッ!ケダモノッ」
「やってないから!最後までやってないからね!」

 しい、と人差し指を口元に当てて、佐助が慌てる。だが目の前の人間がそんな手段に出たと思うと、衝撃やら羞恥やらが押し寄せて、元親は耳まで赤くなった。つられるように佐助も頬を軽く染めている。

「ううわぁぁ…俺、お前の見方変えちまいそう」
「止めてよね、ナチュラルにセクハラしている人に言われたくない」
「俺がいつセクハラしたよ?」
「えー?それは俺様からは言えないよ」

 額に手を当てて項垂れていると、佐助はぷいと顔を背けながら窓辺に背中を預けて仰のいた。元親は顔を起こして背後の窓の外に視線を動かす――すると、見知った人物が視界に入った。
 頭ひとつ分以上、周りの生徒より出ている――たぶん自分と並べばそんなに変わらない体格の青年だ。そしてその隣に彼よりも小さい――いや、本来ならばそんなに小さい訳でもないのだろうが、並ぶとその体格差がわかってしまう。彼は隣に居る少年と楽しそうに話している。そして青年の抱えた袋から取り出されたパンを歩きながら、もぐもぐ、と食べている。

「セクハラはあいつだよ、慶次。ほれ」
「え?」

 人差し指を窓の外に向けると、佐助が顔を起こして窓の外を見下ろした。するとそれに気づいたのか、パンを食べていた少年が満面の笑みで手を振って見上げてきた。

「佐助―ッ」

 慶次もまた同じように見上げ「おはよー」と能天気な声を上げている。だがそれとは正反対に佐助が窓を勢い良く開け放ち、身を乗り出す。

「ちょ、旦那!あんた餌付けされてんじゃないのッ!てか、慶次!勝手に食べもの上げないで!」
「佐助、あぶねぇからッッッ!!!」

 今にも飛び降りそうな勢いの佐助のベストを掴み、元親は佐助をとめる。だが只管佐助は窓の外にむけて、きゃんきゃん、と騒いでいた。





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Date:2009.07.03.Fri.21:51