Cherry coke days



 窓枠にしがみ付いている佐助の首根っこを掴むと、元親は教室へと足を向けていく。佐助はじたばたと元親の手を離そうともがいていた。

「ちょっとぉ、離してよ」
「離しても窓にしがみつかねぇんなら、離してやっても良い」
「窓には行かないって。だって旦那来るんだし」

 手をぱっと離すと、佐助は首裏を掌で擦った。そして中庭に面している窓の方をかすかに振り返った。目にしたのは政宗にしがみつく幸村だ――自分にそんな風に無邪気に触れてきていたのは、いつの頃だったかと思う。記憶を辿ってもそれは遥か昔のような、すでに佐助が中学にあがる直前には、駄々を捏ねたりしなくなっていた。

 ――無意識に、意識し始めてたんだろうな。

 だがあんな風に、友だちのように触れられるのも悪くない。僅かばかりの嫉妬を感じながら、佐助は大事そうに自分の首元を擦った。其処には彼が付けた痕がある――それだけでいい。

「あいつ等暇そうで良いよな…俺らと来たら…」
「あー…うん。そだね」

 佐助が思案に暮れていると、横からこの世の終わりのような溜息が聞こえた。見上げると、心なし眉を下げた元親がいる。
 ずっと元親と元就は付き合っているものと思っていた――だが実質はそうではなく、幼馴染の域をでない。

 ――どう見ても二人とも両思いなんだけどねぇ。

 どちらと言わず頑固だし、晩生だし、進展が望めない。だが元親は踏み込むんだと決めたようだった。それを思うと、佐助は思いきり腕を振り上げて、ばし、と元親の背中を叩いた。

「な…なんだよッ!」
「恋はいいけど、愛の方がもっといいよ?」
「な…何恥ずかしいこと言ってんだ!」
「だから頑張れよ、な?元親」

 こんこん、と肩をぶつけていると、今度は彼の太い腕が首に廻ってくる。そして肩を組むと「おうよ」と威勢よく元親は応えた。

「あ、あの…長曾我部、君」
「あ?どした?」

 か細い声が背後から聞こえて、佐助と元親は振り返った。其処には同じTシャツを着込んだ、黒髪の綺麗な少女が両手を組んで立っていた。元親が身をかがめて彼女を見下ろすと。彼女は目線だけを向けて――だが直ぐに俯いてしまったので、ぱち、とその睫毛が動くのが見えた――そのまま足元に視線を動かしながら、小さな声で言った。

「配達を…頼まれたの…――」
「何処に?」

 身を小さくする彼女を前にして、佐助が問いかけると、彼女は「あのね」と語りかけてきた。そしてポケットからメモ用紙を取り出して二人の前に差し出した。

「竹中君のクラス…なんだけど、頼める…かしら?」
「どれどれ?わ、十人前?ちょ…こっちの店頭売りも頑張らないとね」
「それは佐助に任せて俺が配達するわ。おし、良いぜ、ちょいと行ってくらぁ」

 メモ用紙の内容を見つめてから、元親が「すげ、五人前一気にあいつ食う気だ」と口の中で笑っていく。いわずもがな、誰が食べるかを見越している辺り、佐助は苦笑するしかなかった。









 ほかほかと暖かい焼きソバとお好み焼きを持って、元就達のクラスの前に赴くと歓声や悲鳴が上がっていた。

「よしッ、行けッ慶次ッ!幸村の仇だッ」
「行きま――ッす!」
「う…ぐぐぐ。政宗殿ぉ、これ気持ち悪いでござる…」

 ぎゃあぎゃあと五月蝿いと思ったら、政宗たちも居る。だがその後ろで屍になっている人たちを見ながら、元親は小首を傾げた。

 ――なんだ?あれ…

 元就達の教室の看板には「みっくすじゅーす」と書かれているだけだ。元親が小首を傾げている間に、だだだだ、と教室から飛び出してくる慶次が見えた。

「おい、どうし…」
「どいてッ!」

 慶次は口元を押さえながら走りこむ。その後姿を見送ってから、元親はのんびりと中に入った。すると入り口でぐったりと政宗に寄り掛かっている幸村がいる。まるで兄弟を介抱するかのように肩を抱いてあげている政宗が微笑ましい。

「Yo,元親じゃねぇか」
「何やってんだ?お前ら…」

 ぽん、と余分に持って来たお好み焼きをひとつだけ政宗に渡すと、政宗は苦笑して教室の真ん中を指差した。軽い列が出来ている先に、ちんまりと座っている元就がいる。そして渡されるカップの中身をこれでもかとマドラーで掻き混ぜていた。

「某、6番と9番と11番でござった…どれかが、生卵…」
「はぁ?」

 幸村の言葉に元親が小首を傾げる。何がなんだか解らない。だが其処に半兵衛が歩み寄ってきた。

「やあ、元親君!配達ありがとう。うちの売り子君がお腹がすいたと五月蝿くてね」
「だろうよ、元就用だろ、これ」

 うん、と頷く半兵衛は盛況振りに満足なようだった。胸を張って教室の真ん中を指し示す。

「君もどうだい?」
「だから何な訳?」
「ミックスジュースさ」

 何を今更と云うように半兵衛が応える。明確な説明を求めているのに、中々彼は説明をくれない。そうこうしている間に、口元を洗ってきた慶次が戻ってきた。

「たぶん、11番が生卵だよ。他は被ってないでしょ。あと3番がコーラだって。政宗もやる?」
「俺はいい…腹一杯」

 もくもくと元親の持って来たお好み焼きを食べながら政宗は見上げている。よくよく見てみると教室の真ん中には、黒い箱が出来ている。そしてその箱の中から手が出てきて、元就にグラスを渡すと元就がマドラーで混ぜる。それが客に振舞われるのだ。

「あのよ、まさかクジ引いてそれの番号のものが混ぜられるのか?」

 元親がみんなの動きを見つめて問う。すると半兵衛は大きく頷いて「その通りだよ!」と瞳をぱちりと動かした。

「どうだい?この発想。楽しいだろう?」
「楽しいっていうか、ゲテモノじゃねぇか」
「楽しんでいるから良いんだよ。で?どうだい、元親君もついでにやっていかないかい?」

「――…そうだな」

 元親がぐったりしている三人――正確には政宗を除く二人だ――を見下ろしてから、つい、と視線を投げる。すると調度元就の視線とかち合った。

 ――ふん。

 鼻を上げて嘲笑うかのように、元就が顔を動かす。その仕種を見つめてから、元親は大きく、はあ、と溜息をついた。そして頭に巻いていたタオルを外す。

「いっちょ、やってみるか」
「それでこそアニキィ!」

 慶次が応援を寄越す。そんな三人の頭を順番になでてから、元親は首をごきごきと鳴らしてから、元就の待つカウンターの方へと足を向けていった。






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