Cherry coke days



 ばたばたと慌ただしく文化祭が始まっていく。政宗は慶次と共に辺りを見回っていた。政宗のクラスは展示だけで、特に出し物をする訳ではない。そのお陰で、見て廻る余裕があるというものだ。

「あ、ねぇ!政宗、此処、幸村のクラスだよ」
「Ah〜?真田幸村?って…お化け屋敷かよ」

 階下の一年のクラスの合間を見て廻ると、ふと慶次が足を止める。どうせなら入っていこうというのだが、政宗は乗り気ではなかった。入り口で慶次と、入る、入らない、と言い合っているうちに、ひょいと中から顔を出した少年が居た。

「幸村ッ!」
「おお、これは政宗殿に慶次殿。来て下さったのでござるか?」
「あ…ああ、まぁ、な」

 瞳をきらきらと輝かせながら顔を覗かせたのは幸村だった。いつもは結っている髪を解いて、少しだけ前に寄せるようにピンで留めている。着ているのはTシャツというラフな格好だが、半身が血糊でべったりとしていた。

「っていうか、幸村、それどうしたの?」
 ――どんな設定?

 くつくつと咽喉を鳴らしながら慶次が問う。すると幸村は胸を張って「お化けでござる」と言ってみせた。

「不幸にも交通事故にあった少年、という役どころでござるよ」
「へぇ〜考えてるんだね。で、そのお化け君がどうして出てきてるの」
「それはでござるが、某、昼休憩と相成りまして」
「――そのままの格好で?」

 ぶふ、と政宗は幸村の頭の天辺から足元までを、さらりと見てから咽喉の奥で笑いを噛み殺す。幸村は小首を傾げて「宣伝になり申す」と更に胸を張った。
 政宗はかたかたと笑いに肩を震わせたまま、ひょい、と幸村の肩に腕を掛けて提案した。

「Okey,それじゃあ、元親んとこに飯食いに行こうぜ!」
「賛成〜ッ」
「そ…某ッ!」

 政宗が引き摺るようにして幸村を掴みこんで、それに合わせて慶次も乗り気で歩を進めると、慌てて幸村は彼らの足を止めさせた。

「どうした、真田幸村」
「そ…某、行けませぬッ!」

 政宗に首根っこをつかまれながら、幸村はじたばたと足を動かす。引き摺るようにして歩いていた政宗が小首を傾げてみせた。

「はあ?元親んとこだぞ?なんか屋台モノやるって言ってたじゃねぇか」
「それは知っております!でも、元親殿のクラスは…佐助もおりまして…」
「いいじゃねぇか。別に」
「いえ…その…さ、佐助と顔を合わせずらく…」
「はあ?」

 ますます訳が解らない。そもそも幸村と佐助はつきあっている筈だ――それも目に入れても痛くないくらいに佐助は幸村を溺愛してしまっている。下手に触れれば火傷するとばかりに熱い二人の筈なのに、顔を合わせずらいとは一体何事だろうか。
 政宗と慶次は一度顔を見合わせてから、から、と廊下の窓を開けた。そして辺りを見回すと、慶次が幸村を抱え上げる。それに合わせて、ひらり、と政宗が窓から中庭に降り立った。外から顎を動かして促がすと、幸村を抱えたままの慶次がにっこりと口元を吊り上げた。

「幸村、説明はちょっと待て。いいから、こっち来い」
「ちょいと御免よ」
「えええええ?」

 幸村を抱えたままで慶次が窓を越える。頭を縁にぶつけそうになって幸村が、ひえええ、と両手でガードした。そして気付けば幸村を挟んで二人がしゃがみ込んでいく。
 二人から肩を抱かれて逃げることも出来ない。幸村は両膝を抱えて、顎先を膝に載せた。

「で?顔を合わせずらいって、何でよ?」
「それは…その…昨日ぅ…」
「喧嘩でもした?」

 慶次の軽やかな問いかけに、がば、と幸村が反論する。

「いいえッ!喧嘩など滅相も無いッ」

 更に幸村は「断じて喧嘩など致しませぬッ」と拳を握って吠え出す。それに痺れを切らしたのは政宗だ。ぐっと横から幸村の胸倉を掴みこむと、がばりと立ち上がり、声を低くして怒鳴った。同じように立たせられた幸村が、ぎゅっと瞼を引き絞る。

「だったら何だよ。はっきりしねぇなッ!」
「セックスしたばかりなのでござるッ!」
「――――っ!!」

 勢いに任せて幸村が叫ぶと、慌てて慶次が二人の頭を押し込んで座らせた。素早い動きで慶次の手が幸村の口を押さえている。そして二人は辺りを見回してから、誰もこの窓の下の彼らに気付いていないと踏んで、はああ、と溜息をついた。

「ば…馬鹿野郎!そんな事、大声で言うなッ!」

 肩の力を抜いて政宗が足を投げ出して座る。蒼いジャージの裾を少し捲っているせいで、白い足首が見えた。

「あわわわわわ、幸村が汚されてくぅ…」

 慶次は逆に膝を抱えて首をぶんぶんと振っている。そんな慶次に腕を伸ばして、ばし、と政宗が頭を叩いた。

「慶次、手前ぇは正気に戻れ」
「うぅぅ…申し訳ござらん…」

 幸村は頬に手を添えたまま、真っ赤になっている。そんな彼の大きな瞳を覗き込みながら、政宗は溜息混じりに告げた。

「幸せで良いんじゃねぇの?」
「それは…そう、何ですが…こう、佐助を見ると此処が」

 幸村が手を自分の胸――咽喉元に当てて、ぎゅ、とシャツを握りこむ。そして少しだけ羞恥で瞳を潤ませながら、政宗の方を微かに振り向く。

「此処が、きゅう、ってなって、苦しくて。は…恥ずかしくて…ッ」
「幸村…」
「どうしようも無いのでござるぅぅぅ」

 うあああ、と両膝を抱えながら額をこつりとつけて小さくなっていく幸村に、政宗は再び溜息をついた。そして小さく屈みこんでしまっている幸村の肩に腕を回すと、彼の耳に向けて囁く。

「ま、でもお前、佐助が好きなんだろ?嵌り込んじまっただけじゃん」
「政宗殿…ッ」

 くる、と幸村が顔を上げる。鼻が触れそうなほど近くに互いの顔があり、一瞬、両者とも後方に頭を反らしてから、再び政宗が口元に苦笑を浮べた。というよりも、少しだけ照れくさそうに、眦をほの赤くさせて幸村に語りかける。

「俺だってさ、片倉と一緒にいるとドキドキしてどうしようもねぇもん」
「そう…で、ござるか?あんな…恥ずかしいことを赦して、某、どうしようもなく恥ずかしくて」
「でも幸せだろ?恥ずかしくて良いんだよ」

 ――ばしッ。

 政宗が平手で幸村の背を叩く。すると幸村は感動したとばかりに、今度は隣に座る政宗の首に両腕を絡めた。

「ううう、政宗殿ぅぅぅ」
「おいおい、抱きつく相手が違うだろう?」
「でも…!今は盟友にも等しくッ」

 抱きついてきた幸村を受け止めて、政宗は彼の背をとんとんと宥めるように叩く。それを隣から眺めながら、慶次が穏やかな顔で微笑んでいた。
 そして慶次もほっとしたとばかりに足を投げ出し、顔を上に向けた。

「こんな処、佐助に見つかったら…って」

 途中まで言った慶次の声が途切れる。それに合わせて政宗が訝しく上を見上げると、四階の窓から見知った顔が覗いて居た。

「旦那――ッ!!何やってんの?」
「佐助ッ?」

 がば、と幸村が顔を上に向ける。すると佐助が身を乗り出しながら、中庭に座る政宗たちに声を張り上げながら叫んだ。

「ちょっと、何、政宗に抱きついてんの?え?何、どうしたって…ぶッ」
「うるせぇッ!痴話喧嘩は帰ってからにしろやッ」

 ばしっ、と後頭部を盛大に平手打ちされた佐助が、窓枠に引っかかる。変わりに顔を出したのは、額にタオルを巻きつけた元親だった。

「あ、チカちゃーん!」

 ぶんぶん、と慶次が腕を振ってみせる。すると元親は肘を窓枠に乗せて、声を張り上げた。

「おう、ガキんちょ共ッ!さっさと連れ立って来いやッ。今出来たてだぜ?」
「今行く――ッ」

 慶次が応える中、政宗はまだ抱きついている幸村を促がした。幸村はそれでも政宗にしがみ付いていた。

「ほら、覚悟決めろ?な?」
「うううう、政宗殿ぅぅ」
「しがみ付くな――ッ!俺が佐助に殺されるッ」

 引き剥がそうにも幸村が離れない。たぶん今度はこんな処を見られて、佐助から小言を言われる不安からだろう。どんなに引き剥がそうとしても幸村は「後生でござるぅぅ」と抱きついたままだ。

 ――上からの視線が痛いぜ…。

 上を微かに見上げると、佐助が窓枠にしがみ付きながら、じっとりと此方を睨みおろしている。その視線がきりきりと突き刺さるようだった。仕方なく政宗が幸村を引き摺るようにして動くと、慶次は上の階に向って再び手を振っていった。





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