Cherry coke days 怒らせてしまったのは自分だから仕方がない。 調子に乗って言いたい様に言ってしまった。だが、それくらいで、と後になってから思う自分もいるものだ――それくらいで怒るな、と小十郎に対して思う。楽観的に捉えて欲しいことでも、彼は真面目に受け取ってしまう。 ――そんなとこも好きなんだけどよ。 見つめているだけの時とは違って、どんどん彼に踏み込んでいける。そうすると、今まで知らなかった彼の新たな面を見つける。其処で落胆することも多いと聞くが、政宗にとっては嬉しかったり、楽しかったりの連続だ。 ――恋っていいもんだろ? 脳裏に慶次の言葉が蘇る。確かに慶次の言うとおりだ。だがそれだけではなくて、徐々に欲が出てくる。 ――もう少しこちらを向いて欲しい。いつも追うだけだなんて辛いじゃないか。 スタートからして既に10年も差が開いているのだ。少しは大目にみて欲しい気もする。そんな事をぐるぐると考えながらも、政宗は暗くなった駐車場に向った。先には小十郎が歩いている。すると見慣れた――此処で見慣れたと思う自分に少しだけ酔ったりもしたが――車が眼に入った。迷わず小十郎は其処に近づいて、政宗を促がす。 「乗れ、な?」 「…うん」 帰りを送ってくれるなんて珍しい申し出だった。学校では、ばれないようにと、そんな素振りもなかった。だが今日は小十郎は政宗に「送ってやる」と申し出てきた。 ――ばたん。 先に小十郎が運転席に乗り込む。それを見計らって助手席に乗り込むと、政宗は直ぐにシートベルトに手をかけた。軽く左側を振り向き――その瞬間、ひゅ、と風が過ぎった。 ――バタンッ 「よいしょっと…邪魔するよっ」 「――――…?」 「な…ッ」 後部からの声に政宗も小十郎も振り返る。するとそこには慶次が乗り込んできていた。横からスライディングしてくるかのように、後部座席に転がり込んできている。追い出されないうちにと、早々にドアを閉めて居住まいを正している。政宗はシートベルトをせずに後部座席に向って吼えた。 「おま…今直ぐ降りろっ」 「やぁだね!それにさぁ、いざという時、二人だけの車より良いんじゃないの?」 「う…ッ、それもそうだけど…ッ!」 にやにやと笑いながら慶次が政宗に進言する。そして片方の眉をぎゅっと吊り上げて、今度は睨みつけるように小十郎の方へと矛先を向けた。 「なぁ…片倉センセ?」 「――好きにしろ」 「ほらね、お許しも出たし?」 ――座って、座って。 ひら、と手を動かして慶次が政宗を促がす。政宗はしぶしぶと前を向くとシートベルトを締めた。隣では小十郎がその音を確認してから、すい、と車を走らせ始めていった。 校門を出て、それから街中に車が走っていく間、ずっと政宗と小十郎は無言だった。その静寂を打ち破ったのは慶次だった。 「俺に構わずに、ささ…どうぞ」 「何がどうぞだ、馬鹿野郎」 ぶう、と頬を膨らませて政宗が応える。背後から身を乗り出しながら慶次が、二人の間に割り込んできた。 「だって心配だったんだもん。政宗ってば泣きべそかくし」 「かいてねぇッ!」 「俺、言ったよね?また政宗を泣かすようなことがあったら…って」 ちらり、と運転する小十郎に矛先を向けた。すると小十郎は、そうだな、と頷くだけだった。彼のその様子に少なからず、しゅん、と項垂れてしまう。俯くと何だか胸が萎んでいくような気がしてしまう。 ――くしゃ。 「――――っ!」 不意に頭に触れた感触に顔を起した。そして手の主を確認するように首を廻らせると――視線は前に向けたままの小十郎が、手を伸ばして政宗の頭に触れてきていた。 「片倉…」 「ごめんな、伊達。大人気なかった」 「いや、そんな…俺だって。考え無しに言っちまって…悪かった」 撫でる手が離れていくのを感じながら、言葉を選んで告げる。そうしている内に信号で車が止まった。すると今度は小十郎は――再び手を伸ばして顎先をあげさせた。 「泣いたのか?」 「泣いてない…泣いてなんか」 「だが前田は泣いたと…」 「NO,こいつと俺、どっちを信じるってんだよ」 「――――…」 ちらと小十郎は後部座席の慶次へと視線を向けた。すると慶次は唇を尖らせて、口笛をふきだすと、ふんふん、とバックの中からイヤホンを取り出していく。我関せず、といった風に音楽を徐に聴きだしてしまう。そして更に目を閉じてリズムを取り出す。 小十郎は二人を見やってから、ふう、と溜息をついた。そして勢いよく政宗を引き寄せる。 「うわ…っ、ちょ…あぶな…っ」 ぐい、と首だけを引き寄せられて政宗が慌てる。だがそれと同時に、ふ、と頬に触れた感触があった。 「あ…――っ」 ぱっと今度は手を離して彼はハンドルを握りこむ。触れられたのは左の頬だ――瞳を見開いて小十郎を凝視したまま、政宗は自分の頬に手を添えた。 「え…、か、片倉?」 「――…」 二人の変化に気付いたのか、再び背後から慶次が顔を覗かせた。 「うん?どうしたのさ、お二人さん」 「――なんでもないぞ。前田、上杉先生の家のとこでいいんだよな?」 「うん…でも先生、真っ赤だよ?何があったの?」 慶次が首を捻るのも無理はない。ハンドルを握る小十郎の耳は、薄暗くなった車内でも解るほどに赤くなっていた。慶次は「変なの」と言いながら政宗に問いかけなおす。 「政宗?」 「俺に今話しかけるな、馬鹿ッ」 はし、と政宗は小十郎をみつめたままで、両頬に手を添えた。かああ、と熱くなってくる頬にどうしたらいいのか判らない。どこの少女マンガだ、と言われかねない展開に慶次だけが首を捻っていくだけだった。 → 65 2010.02.20/100530 up |