Cherry coke days 政宗は勢い良く廊下を走りこんでいった。途中で教師に「走るな」といわれた気がしたが、聞かないことにして自分のクラスへと駆け込んでいった。 ――最悪だッ! 階段を一段飛びで駆け上がり、角を曲がっていくと、自分のクラスが見えた。そしてその直ぐ側に、見知ったシルエットが出来ている。 「慶次ィィィッ!」 「お帰り、政宗…て、おわぁッ!」 視界の先に慶次の姿を見つけるなり、彼の胸元に飛び込んだ。どお、と体当たりを食らわせると、慶次は支えきれずにその場に政宗を抱き留めたままで倒れこんだ。 「ちょっと、どうしたってのさ?」 「――…」 「政宗?」 教室の中は――皆は既に帰り支度を始めている頃で、政宗が飛び込んできても驚く者は少なかった。というよりも展示物への被害が無かったので、非難も浴びずにいるようなものだ。 窓際に慶次は政宗を抱き締めたままで、ずるずると這って行くと――お尻だけで背後に動くのは流石に器用だと思わざるを得ない。 俯き加減になる政宗の肩を掴んで、慶次が覗き込んでくる。 「まさか、また泣かされた?」 「違…ッ」 半分苦笑したような問いに、カア、と顔に朱が上った。がば、と顔を上げてみると、今度は慶次の顔色が変わった。先程までの笑った顔が、みるみる内に真剣味を帯びてくる。 ――しまったッ。 「野郎…――ちょっと行ってくるッ」 ぎり、と歯軋りをした慶次が、すっくと立ち上がりかけるのを、腕を掴んで押し留める。 「違うんだ、慶次ッ」 「何が違うっての?こんな風に泣きそうな顔しておいてッ」 「泣いてねぇッ!」 「泣いてるッ!」 「泣いてねぇよッ!」 振り向いた慶次と言い合っていると、ぐう、と詰まった。腕を掴んで振り解かれない様に体重をかけていく。すると、眉間に皺を寄せたままで慶次は、ふう、と溜息をついてから、浮かせかけた足をすとんと元に戻して座り込む。蒼いジャージのままで、首筋をぼりぼりと掻きながら、正面から向き合った。 「――解った。その言葉信じる。けど…」 「けど、何だよ?」 厭な予感がして政宗は身を乗りだした。慶次はどっかりとその場に胡坐を掻いているが、右腕をぐっと拳にして口をへの字に曲げて見せた。 「俺、政宗にそんな顔させる奴、もう一度くらい殴っとかないと気がすまない」 「いいって…俺が、悪いんだし」 ぽん、と政宗は慶次の拳に手を当てる。すると、慶次は「そう?」と小首を傾げながら腕を下ろした。 ――ぐす。 意図したわけではないが、息を吸ったら、鼻が音を立てた。鼻下に指先を宛がってもう一度吸い込む。 ――俺、みっともねぇな。半べそかいてたんだ。 其処にきて初めて自分がどんな顔をしていたかを知った。これでは慶次が誤解しても仕方がないだろう。 「――政宗、大丈夫?」 「うん?」 ちょい、と折り曲げた指先が頬に触れる。促がされるままに慶次を振り仰ぐと、心配そうに彼は眉を下げて覗き込んできていた。 「辛くなってない?」 「大丈夫、だと思う。いや、思いたい」 へへ、と眉根を下げて俯く。 ――俺が怒らせたんだ、俺がけり付けないと。 些細なことでも、仲直りをしないといけない。全面的に自分に非があると感じている。それだけの口の悪さに辟易とするが、既に済んでしまった事だ――此処からちゃんと謝らないといけない。 「好きでいるだけってのも、辛いもんだな」 政宗はそんな弱音を口にする。すると慶次ががしがしと自分の頭を掻いてから、ぐい、と政宗の肩を掴んだ。 「あーもうッ!」 「慶次?」 そのまま強く自分の胸に引き寄せてくる。ぽふ、と慶次の胸元に引き寄せられて、涙もどんどん引っ込んでいく。いつも背を押してくれるのは、相談に乗ってくれるのは彼だ。 慶次は腕に政宗を閉じ込めたまま、天井に向って吐き捨てた。 「好きな子にこんな顔させちゃ駄目だろうにさぁ、あのおっさんはさぁッ!」 「おっさん、言うなッ」 べし、と慶次の額を叩くと、彼は「へへ」と笑った。そしてその笑顔に釣られるように、政宗もまた微笑んでいく。 ――ブブブブブ… 「うん?携帯…?」 「あ…」 途端に鳴り響いたバイブ音に、慶次が慌ててポケットの中の携帯を取り出した。小十郎のところに行く前に政宗の携帯は慶次に取り上げられていた。着信を知らせるランプが、音に合わせて点滅している。政宗は携帯を受け取り、握りこむと「ちょっと待っててくれ」と告げて、急いで廊下に飛び出していった。 → 64 2010.02.11/100530 up |