Cherry coke days 手を天井に伸ばしてから、幸村はその手を握りこんで、こつん、と額に当てた。横でうつ伏せになったままでそれを見つめながら、佐助は彼が今どんな心情でいるかを慮っていた。最中は飲み込まれそうになるのを抑えて、必死になっていた――必死で優しく、ゆっくりと彼の緊張を解くように触れていった。 そうしてみると、勢いだけの最初の時のような、飲み込まれそうな感覚よりも、時々ぶつかる視線だとかに、やたらと恥ずかしく感じたりもしてしまった。 「旦那ぁ、どう…?」 「うん?んー…やはり、二回目の方が恥ずかしかった」 ごそ、と幸村は身体を動かして、佐助に背中を見せてしまう。彼の肩から背にかけて、滑らかに長い髪が滑り落ちる。背を向けられて、佐助は身体を寄せて肩に口付けた。すると、ぴくん、と幸村が反応を返してくる。 「でもやっている最中はそうだろうけど、今は凄く落ち着いているじゃない?」 「あ、いや…それは…」 幸村が肩越しに振り返りながら、視線が合うと瞬時に――ぽわ、と眦に朱を帯びさせ、鼻先に汗まで浮べてく。 「それは…何?」 ――教えて? 耳朶に唇を寄せて囁くと「ひゃっ」と素っ頓狂な声をたてる。幸村が背をぐぐうと丸めて、ぼそぼそと口元で呟く。その言葉を聞き逃さないように、佐助は顔を寄せていった。 そうすると肩口に佐助の髪が触れるのが擽ったいのか、幸村は余計に、ふふ、とくぐもった笑いを零しながら身体を縮めていく。 「旦那ぁ、どうしてそんなに落ち着いてるのさ?」 「落ち着いて、など…んッ、くすぐったいぞ」 「ねぇ、教えてよぅ」 ぐりぐりと業と頭を彼の背に押し付けて――甘えたな声を出すと、幸村は困ったように眉根を下げた。そして背後から伸びてきていた佐助の腕を取ると、手元で弄ぶ。 佐助の指先に指を絡めたり、腕を揉んでみたりと忙しない。 ――照れてるのかな? 幸村は背を向けたままで、ゆっくりと――時折、話す声に吐息が混じっていた――言葉を選びながら告げてくる。 「なんだか、こう馴染む…というか。しっくりするというか…お前に抱かれるのが当たり前のような、そんな気持ちになってしまって…」 ――もうずっとひとつだったみたいに。 「――――…ッ」 指をぎゅっと握られる。それと同時に佐助の咽喉元にぐっと込み上げるものがあった。なんと言ったらいいのか判らない――それくらいに、嬉しいやら、暖かいやら、どうにかしてそれを表現したいのだが、言葉が見つからない。 佐助が何も言えずにいると、くるん、と幸村が身体の向きを変えてくる。そして首を竦めながら身体を寄せてきて、佐助の身体にしがみ付いた。触れた素肌が熱くなっていく。 「不思議なものだな」 「旦那…」 「まるで気持ちが、穏やかな海みたいだ。表面は波打っていて…でも穏やかで、でもどんどん押し寄せてくるんだ」 ――佐助が好きなんだ、って。 幸村は佐助の鎖骨に、ちゅ、と小さく口付けた。まだ稚拙な彼には、キスマークを付けるという発想はなさそうだ。だが同じところに吸い付いては離れていく。 一緒に触れる吐息にくすぐったくなって、くふふ、と笑いながら佐助は幸村の肩を抱いた。 「詩人だねぇ…旦那の言葉で全て落とされそう」 「茶化さないでくれ」 ぶう、と口元を膨らませる。表情がくるくると変わる彼を腕の中に閉じ込めて、佐助は思い切り彼の匂いを吸い込んだ。 「ねぇ、旦那?」 「うん?何だ…――」 ふう、と吐息を吐きながら幸村もまた佐助を抱き締めていく。そして徐々に近づいていくと、足が絡まっていく。 肩甲骨にそって、互いの掌がひたりと触れている。首元に互いの息吹を感じる、触れ合った胸が、とくとく、と小さく鼓動を打っていく。 その全てがどれも穏やかで――それなのに、満たされる感覚は今までの非ではなかった。 「旦那…お願いがあるんだけどね」 同じ枕に頭を乗せて、幸村の額にキスをひとつ落としてから、佐助は囁いた。 「朝が来るまでこうして抱き締めていていい?」 「――…うむ」 とろん、とした瞳を閉じかけて幸村が頷く。いつもは狭さに項垂れるベッドが、今では繭のように感じられる。佐助は腕の中に幸村を閉じ込めたまま、静かに眠りに落ちていった。 → 63 2010.02.09/100530 up |