Cherry coke days 暗くなってきた道を歩きながら、手にはエコバックを持って佐助は家へと向う。 ――今日は挽肉安かったからなぁ。鶏団子作ろう。 春雨と一緒に煮込んで、と考えながら裏口から家に入る。どさりと置いたバックは結構な重さを伝えて来ていた。 「はぁ…腰、いてぇ」 連日文化祭の準備で身体の節々が、ぎしぎしと音を立てて来ていた。こんな状態で信玄の元に行ったら「軟弱者」呼ばわりされて鍛えるという瞑目で拳を受けかねない。 裏の玄関口に座り込んで佐助が靴を脱ぐ――そのまま俯いて、はあ、と溜息をついていると、背後からがばりと背中に重いものが圧し掛かってきた。 「ばぁッ!」 「な…だ、旦那?」 「お帰り、佐助ッ」 がばりと背中に張り付いてきたのは幸村だ。両腕を佐助の肩に乗せて、だらりと寄り掛かってくる。だが彼の腕には普段では見たことの無いような、白い布がある。 「どうしたのさ、お出迎え?」 「――驚いたか?」 「ん、まぁ…――いきなりだったから?」 「怖くなかったか?」 「怖く…全然」 「そうか…――」 しゅん、と項垂れて幸村は佐助の肩に顎先を乗せてきた。背中には幸村の暖かさが伝わってくる。少しだけ身体をずらしてみると、座り込んだ幸村が佐助に寄り掛かってくる。 「もっと精進せなばなるまいなぁ…」 「旦那、つかぬ事をお聞きしますが。もしかして…お化け屋敷やるの?」 「――…ッ!察しが良いな、佐助ッ。その通りだ」 「で、旦那はお化け役なわけね?」 「お化けその6だッ!」 幸村はその場に座り込んだままで拳を握りこむ。実に楽しそうだ。肩から羽織ったのは白い着物で、たぶんこれに三角の額宛でもするのだろう。そんな姿を想像して、ふふ、と笑った。 「当日、抜け出せたら旦那のクラス、見に行くね」 「おうッ!盛大に驚かせてやるぞッ…と言いたい処なのだが、皆に俺は全く怖くないといわれてしまってな」 どうしたものか、と幸村は腕を組んで小首を傾げていく。確かに彼の脅かし方だと、声で驚かせているようなものでしかない。でもそれもご愛嬌と楽しめばいい。 「いいんじゃない?色んなお化けが居てさ」 ――でも旦那だったら、俺、即捕獲しそう。 続けて言うと、それは困る、と幸村が唇を尖らせた。佐助は立ち上がると側に置いてあったエコバックを手にして台所へと足を向けていく。 その横から幸村が、ずるずると白い着物を引き摺りながらついてい来る。 「あのさぁ、あとはメイクで何とかするとか色々あるよ?」 「メイク?」 「そ。口から血糊〜とか、あとは白いその着物にびしゃびしゃと。包帯巻いてみるとか、ね」 「そうか…明日皆に頼んでみよう」 「直にご飯にするから、それ部屋においておいで」 階段の前で幸村の肩を、とん、と叩くと、幸村はぴたりと足を止めた。そして少しだけ俯くと、口を少しだけ開いた。 「どしたの?」 「――…あ、いや…その」 顔を覗き込もうとすると、幸村はくるりと背中を向けた。なんでもない、と叫びながら、とんとん、と階段を上がっていく。佐助は上っていく彼の後姿を見上げ、ぽり、と後頭部を掻いた。 ご飯を食べて、お風呂に入って、ゆったりとした処で佐助が一階の自室に引き篭もると、ドアを叩いて幸村が顔を覗かせた。 ぽたりとまだ髪から滴が垂れていた佐助は、タオルでがしがしと頭を拭いている処だった。 「佐助…一緒に食べぬか?」 「あ、ちょっと、何そのお菓子ッ!」 「今日、クラスの女子達がくれたのだ」 手には袋に入ったマドレーヌが見える。眉根を寄せながら佐助は、ふう、と溜息をついた。正直あまり幸村に菓子類を食べさせたくない。 ――旦那、際限なく食べちゃうんだもん。 佐助が険しい顔をしていると、幸村が顎先を引いてドアを少しだけ閉める。外で窺っているような仕種に気付いて、佐助は直ぐに手招きした。 「いいよ、入っておいで」 「お邪魔するでござるッ」 「まったく…」 幸村は嬉しそうに中に入ってくると、床においてあるローテーブルの側に座り込んで、手にしていたマドレーヌを置いた。 佐助は「ちょっと髪乾かすから」と手にドライヤーを持って言うと、髪を乾かし出す。ある程度乾いたところでスイッチを切って振り返ると、見上げて来ていた幸村と視線があった。だが直ぐに幸村は俯いて視線を外す。 「――――…?」 佐助はベッドに座り込んで手をテーブルに伸ばした。幸村よりも先にマドレーヌを取り出し、口にぱくりと放り込む。 「んー…俺様の作った方が美味しい、かな?」 「自画自賛でござるか?」 苦笑しながら幸村が袋に手を伸ばす。ぱくん、と口に入れながら彼は、もぐもぐ、と頬を膨らませていた。だが声が上がることもなく無言だ。 「ね?俺様のが美味しいでしょ?」 「――反論できぬ」 頬杖をついて眺めていると、幸村は渋い顔つきになった。何かが足りない、と呟く。手を伸ばして彼の口の端に、ちょこん、と付いていた屑を取る。 「レモン」 「え…――」 「レモン、いれるんだよ。そうすると、旦那の好きな味になる」 「ああ、言われてみれば、これは単に甘いだけで…」 「でしょう?」 ぱく、と幸村の口元についていた屑を口にいれると、仕種を追っていた幸村が閉口した。そして瞳を大きく見開いていく。 「どしたの?」 「――あ、いや、うん…」 「何かはっきりしないなぁ」 口篭る幸村の頬に手を触れさせると、幸村は反射的に、びくん、と身体を震わせていく。その反応に佐助は息を飲みそうになった。 ――なんかやらかしたかな? これ以上彼を怯えさせるのは本意ではない――だから、待っている。触れたくてたまらないのを、この数ヶ月我慢してきた。最初を急いでしまって――でも側に近づけた悦びもあったが――幸村を焦らせたくは無かった。焦ってこの関係を壊すのだけは勘弁して欲しい。 触れた頬から手を離そうとすると、今度は幸村の手が離れるのを拒むように掴んできた。 「旦那…?」 「――…なのか?」 「え?」 「俺に、飽きたのか…?」 「は?ちょ、どうしたの。何でそんな風に考えたのさ?」 俯く顔を起して、幸村が涙目になっていく。たぶん悲しいから涙が出ているのではなくて、羞恥によるものだろう。ほわほわと幸村の眦が染まっていく。 「だって、佐助、最近よそよそしいから…」 「そんな事無いよ。学祭の準備で忙しいだけで…」 「俺が断りすぎたから、飽きたのだろう?もう…俺のことなんて」 「旦那」 一度堰を切って止まらなくなった幸村の口に、指先を当てる。すると、幸村は顔を起して佐助を振り仰いだ。 「駄目、それ以上言ったら怒る」 「――…」 「俺は旦那が好きなの。飽きるなんてないよ。むしろ、旦那の方が…後悔しているんじゃないの?」 「後悔などせぬっ」 ぐいと膝を浮かせて幸村が伸び上がってくる。いきなり身体を起こした幸村の勢いに押され、佐助は後ろに倒れこみそうになった。 ぐっと近づいた顔が――間近に大きな幸村の瞳が見えている。 ――これってどう考えても…旦那から俺を。 「後悔など、せぬ…俺だって佐助が好きなのだ。だから…」 「触れていいの?」 「――――…ッ」 「もう、怖がらない?触っても、いいの?」 幸村の頬に両手を添える。夏休みに旅行に行って、帰ってきてからと云うもの、キスさえまともにしていなかった。我慢し続けていた。側に居て、好きだと――気持ちも通じているのに、ずっと我慢してきた。 「もう駄目だって言っても、止められなくなるよ?」 ――それでも? 真剣に瞳を覗き込む。こくん、と小さく咽喉が動くのが見えていた。幸村の頬が先程よりも熱を持って熱くなっていく。 「いい…から。だから、触って、くれ…」 ――触ってほしいから。 触れて、感じて、もっと側に居たい。何が幸村をそんな風に思わせたのかは解らない。だが佐助はもう其処まで考えるだけの余裕はなかった。目の前に好きな人がいる――それだけでいい。 静かに瞼を落とす幸村に、佐助はそっと唇を寄せていった。 → 60 :2010.01.19/20100307 up |