Cherry coke days




 ――待つと決めた。

 そう自分の中の決意を反芻する。だが実際にそんなに待ってなど居られない。今すぐにでもこの距離を埋めてしまいたい。
 幼い時からお向かいさんで過ごしてきて、気付けばいつも隣に居て――その時はまだ自分の方が背が低かった――低い位置から見ていた目線が、彼を追い越したときに自覚したのは、紛れもなく恋心だった。
 いつも手を引いていてくれていた彼を見下ろしながら、新たなる決意を胸に刻んだ。

 ――今度は俺が守ってやる。

 そんな風に思っていたのに、当の相手はそんな風に庇護下に入るような、一筋縄ではいかない相手だ。

 ――さぁて、俺はどうしたらいい?

 どうやってこの関係を変えていけばいいのだろうか。四苦八苦しているのは自覚している。無理矢理なんてしたら、たぶん彼は根に持って一生赦してくれないだろう。

 ――憎しみでも良いから、なんて殊勝なことは言えねぇよ。

 どうせなら甘く触れ合う関係になりたいと思う。この腕で守りたくて、彼を喜ばせてあげたくて、これから先のどんな場面でも一緒に過ごしたいのだ。

 ――どうしたらいいのかなぁ。

 元親は放課後の玄関先で、制服を崩しながら花壇に凭れて考え込む。ただ其処に立っているのも目立つのだが、委員会が何時に終わるのかを聴いていなかったから仕方が無い。
 教室の中では既に飾りつけも終わってしまっており、軽く追い出されたと言ってもいい。
 まだ校内では人の気配が濃く、皆が皆、ばたばたと動いているのが解る。だがそんな中で、さらり、と人影が揺れた。

「お、元就ッ」
「…元親か」

 玄関から出てきたのは元就だ。手を上げて手招きすると、元就は真っ直ぐに此方に向ってくる。そして間近にくると、元親をぐいと見上げてきた。

「もう帰ったものと思っていたぞ」
「そう?な、後ろ乗ってかねぇか?」
「――乗る」

 がしゃん、と自転車を動かすと、元就はひらりと後ろに乗った。ひょい、と投げる先には籠があり、其処に元就のかばんも入ってしまう。
 それを確認すると、元親はサドルに跨った。そして、つかまってろよ、と軽く言いながら漕ぎ出す。

 ――でもどうせ元就はつかまったりしない。

 常套句のように告げる言葉に、彼が従った試しは無い。ふん、と鼻で笑われるだけだ。背中に彼の温もりが宿ることは無い。

 ――くい。

「――――…ッ」

 だがその日は珍しく背中が引っ張られた。軽く肩越しに振り返ると、不思議そうな元就の視線にぶつかる。元就は元親の上着の裾を握っていた。

「どうした?」
「あ、いや…しっかり、つかまれよ」

 どきどき、と胸が高鳴り始める。漕ぎ出すスピードを業と遅くして、この瞬間を逃さないようにしてしまいたかった。

 ――少しでも長く。

 元就と近くにいたい――そんな風に思うのは今も昔も変わらない。きこきことペダルを漕ぎながら、元親は背中越しに元就に声を掛けた。

「委員会、何やってたんだよ?」
「何、当日の打ち合わせよ…大したことは無い」
「へぇ…なぁ、お前らのクラスって何をすんの?」
「知らぬ」
「は?」

 き、と思わず自転車を止めた。だが彼の言葉に驚いたからではなく、単に信号が赤になったからだ。

「お前…自分のクラスが何をするか知らないの?」
「所詮、彼らのする事よ…我は高見の見物と行こう」

 ――竹中もそれで良いと言っていた。

 淡々と話す元就に、それはないだろう、と小首を傾げてしまう。いくら竹中でも其処まで頑なな訳は無い。

 ――たぶん元就の奴、騙されてる。

 敵を欺くにはまずは味方から、とでも言い出しそうな半兵衛の顔が思い浮かぶ。元親はあえて其れを元就に伝えずに、じっとしていた。

 ――くい。

「何だよ…?」
「信号、変わったぞ」
「あ、うん……」

 背後から裾を引っ張られて、前を向く。もう夕陽は殆ど落ちかけており、二人の影も闇に融けそうになっていた。そうしていると、今此処に二人だけのような気がしてきてしまう。そして背にある気配は元就だけだ――彼が掴んでくれているところから――いや、もっと側に近づいて欲しいとさえ思う。

 ――元就には精一杯、だろうなぁ。

 この背中越しの彼が、自分から進んで触れてくるなんて思えない。でも待つと決めたのは自分だ――だがそれを破るのは、今しかないような気もする。相反する感情を持て余しながら、ぐんぐん、と自転車を漕ぐ。
 合間に他愛の無い会話を繰り返しながら、元親は背中に意識を向けていた。

「ふ…――ぅ」

 ふと背後から溜息が聞こえた。疲れているのを現すかのような溜息に、ぞくり、と背中かが震える。元親は再びペダルを漕ぎながら、背中がじんわりと熱くなっていくのを只管押し隠していった。







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:2010.01.08/20100307 up