Cherry coke days





 教室に戻る途中で元親は元就のクラスに顔を出してみた。だが既に元就は其処には居なく、委員会に行ってしまったという。

「竹中ぁ、いい加減、お前らのクラス、何やるか教えろよ」
「解ってないね。今教えたら面白くないだろう?」

 しれっとして半兵衛が笑う。それを見下ろしながら、彼らの担任の先生を頭に思い描く。竹中は彼に心酔しているといえば、そうだ――そこを付けば何とかなるかとの算段だ。

「秀吉先生に聞いてこようかなぁ」
「無駄だよ、長曾我部君っ!」

 ――先生にも秘密にしてあるのさッ!

 ばっ、と腕を振り払って「残念だったね」と笑う半兵衛に、ぎぎぎ、と歯噛みしたくなる。元親は諦めて木材を抱え込むと、再び自分たちのクラスへを向っていった。

「遅いよ、元親ちゃん」
「悪ぃ、悪ぃ。ガキ共に構ってたら遅れた」
「へぇ?」

 額にタオルを巻きつけた佐助が、ペンキを手にしている。そこに持って来たベニヤを拡げると、がたがた、と彼は其処に色を塗りこんでいった。
 それをしゃがみ込んで見つめていく。目の前で、すらり、と緑色のペンキが刷かれていくのは、綺麗なものだった。

「なぁ、佐助」
「ん〜?何ぃ?」
「お前、二度目、出来たの?」
「――――ッ」

 ぴた、と佐助が手を止めた。夏以降、その話を聞かないと想いつつ、ちょっとした好奇心で問うと、佐助は固まってしまった。

「あ〜、うん。解ったよ」
「――――…」

 黙りこくる佐助に、聞いた自分が馬鹿だったと思いつく。この分だと進展はなさそうだ。相手があの幸村ならばそれも仕方ないような気もする――だが、先に手を出している佐助が大人しいのも不思議だった。

「でもお前、思い切ったんだから、やればいいのに」
「だからだよ」
「は?」

 顔を起して佐助が胡坐をかく。手に持っていた刷毛をペンキ缶に戻して、はふ、と溜息をついた。

「だから…最初が無理にやったから…今は」

 そう告げる佐助は穏やかだった。だがひと度、幸村が目の前にいたら――もし誰かを見ようものなら、嫉妬に狂うだけの熱情も持っている。それなのに、そんな熱さを感じさせないくらいに彼は穏やかになっていた。
 しかし其処まで言ってから、佐助はにやりと口元を引き上げた。

「でもやりたいんだよねぇ…可愛いんだよ、うちの旦那」

 ぐぐぐ、と拳を握る姿に頷くしかない。確かに、同じ男としてあそこまで純朴なのは珍しいとしか言えない――だが其れが幸村の良い所でもあると元親は踏んでいた。

「あ〜、うん。可愛いよな」

 そうそう、と佐助が頷く横で、腰に巻いていたジャージを解き、肩にひっかける。そうすると袖がはたりと翻った。

「そういう元親ちゃんは?」
「俺?」
「そ。元就とどうなった?」

 がく、とその場に頭を下げて項垂れる。それが一番大事なことじゃないだろうか。

「――――…聞くな」

 察してくれ、としか言えない。進展処か、ガードが固すぎて踏み込みきれない。待つと決めたのは自分なのに、早々に挫けてしまいそうな気もする。

「案外、元就ってさ…元親ちゃんが踏み込んで来てくれるの待ってるのかもよ?」
「それはねぇよ。踏み込もうとすると…逃げるか、怒る」
「其処をさ。いっそ、荒々しく」
「うーん…」

 ぐしゃ、と元親は自分の髪を掻き上げた。それを横で見つめながら、佐助は「いつも甘いんだから」と笑う。そして今度は佐助がジャージの上着を脱ぎながら、にやりと笑った。

「鬼になってもいいんじゃない?」

 佐助がそういいながら腰を浮かせる。そして、渇いたベニヤ板を持って皆のところに向っていくのを見送りながら、元親は溜息を零していった。





→ 58






:2010.01.01/20100307 up