Cherry coke days





 政宗が携帯を開くと「中庭?」と一言件名が見えた。先程空の写真を送って「何処に居ると思う?」と送ったら、この返事だ。

 ――結構早かったなぁ。

 ほくそ笑みながら続きを読んでいくと、忙しいか、と気遣ってくれている。忙しいのなら小十郎の方じゃないのだろうかと、返信しようと手を動かしかける。

 ――ひょい。

「あ…ッ?慶次、おいッ」
「だからさ、メールじゃなくて」

 手に慶次は政宗の携帯をおさめてから、画面を閉じてしまう。そして自分のポケットに携帯を押し込むと、腕を真っ直ぐに隣の棟に向ける。

「今すぐ行って来いよ。どうせ、片倉センセ、準備室でコーヒーでも飲んでるんだろうしさ。何日振りとかじゃないと思うけど、今日はそのままさぼっちゃえ」
「でも…」
「つべこべ言わず、行けってッ」

 ばし、と背中を叩くと政宗がよろめく。ちらりと慶次を振り返ってから、政宗は足を隣の棟に向けて動かすと徐々に加速していった。
 その後姿を見送りながら、慶次はひらりと窓から廊下へと戻る。隣に立つ元親が、飴を口に入れたままで「へぇ?」と小首を傾げた。

「お前も大変だな、慶次」
「まぁね…世話がやけるけど、恋のためなら何のその」
「っていうか、そういうお前は?」
「俺?」

 肩に木材を担ぎ上げてから、元親が歩き出す。その横に並んでいくと、元親は前を向いたままで軽く問いかけてきた。
 口元にロリポップの棒が、かくかくと動いていた。

「そ。他人の恋の橋渡ししてるお前自身はどうなんだ?」
「俺は、今はいいかなぁ…うん」
「――――…」
「何、その驚いた顔」

 ゆらりと長い髪を動かしながら、慶次が一歩先に歩み出る。元親は「ふうん?」と微かに首を傾けて斜に構えて見せた。

「いや…、予想が外れたな。お前政宗のこと好きなのかなって思ってたんだけどさ」
「政宗は友達だからね」
「…まぁ、いいわ。それよか俺だよ、俺。元就がよぅ…」
「あー、惚気は今日はもう店じまいッ!」

 ばし、と自分の耳に手を当てて慶次は、いー、と口を引き縛る。その様子に元親が足で、げし、と慶次の腰を蹴っていった。










 社会科準備室に顔を出すと、調度、上杉先生が部屋から出るところだった。ぺこりと頭を下げると丁寧に上杉先生は会釈をしてから、すたすたと廊下の先に歩んでしまう。

「…っつれいしまーす…」

 こっそりと声をかけると、きこ、と回転椅子を回して小十郎が振り向いた。手には携帯が開かれている状態だったが、政宗の姿を見るなりそれを閉じてしまう。

「伊達、入り口にいないでこっちに来い」
「あ…う、うん…――」

 ドアを気にして進めずにいると、ふう、と溜息をついて小十郎が腰を上げた。彼が歩いてこちらに来るだけなのに、その時間が長く感じられてしまう。

 ――二人きりって、久しぶりかも。

 足元に小十郎の靴の先が見える。いつの間にか側に来ていたことに気がついて、顔を上げると、ぎゅう、と抱き締められた。背中に彼の強い腕が回ってきて、そのまま政宗の背後にあったドアに、かちゃん、と鍵をかける音が響く。

「伊達…久しぶり」
「う、うん…」
「こうして触れるの、久しぶりだな。腕、回してくれないのか?」
「ご、ゴメンッ」

 焦って腕を彼の背中に回す。すると手に小十郎の温もりが伝わってくる。最近ではめっきり冷え込む日も増えてきている。それでなくても、人肌恋しい時期だ。

 ――温かい。

 触れてくる小十郎の感触が気持ち良い。どきどきと高鳴る胸が、此処が何処だとか、色々気にしていた事を払拭してくれるようだった。
 首筋に触れる小十郎の呼気に、びく、と肩を揺らすと、微かに小十郎が顔を上げる。

「中々、こうして時間作れなくてゴメンな」
「俺だって、色々あったし…高校生って忙しいんだぜ?」

 唇を尖らせて憎まれ口を叩くと、ふふふ、と小十郎が困ったように眉根を寄せて笑った。外ではまだ皆が文化祭の支度をしている。
 政宗も――今はジャージ姿になっているくらいだ。

「まあ、文化祭が済むまでは暇もないか」
「暇は…あるけど」

 ぼそりと云うと、今忙しいって言ってなかったか?と小十郎が意地悪く突っ込みをいれてきた。それに足を振り下ろして踏みつけると、いたた、と身体を折り曲げてくる。

「片倉…」
「うん?」

 ぎゅ、と自分から小十郎の胸に耳を押し付ける。とくとく、と小十郎の鼓動の音が、微かに解る気がした。自分の方が、破裂しそうなほどに早鐘を打っている鼓動――それを教えるかのように、胸にぴったりと自分の胸を押し付けて擦り寄る。

「もうちょっと…こうしててくれ」
「良いけどな。お前、いつもより薄着だなぁ」
「Ah…?」
「シャツ越し、だなって思ってさ」

 ――子ども体温は温いな。

 後ろ頭をゆっくりと撫でながら言う小十郎に、すけべ、と呟きながら政宗はそのまま彼にしがみ付いていった。







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2009.12.17/20100307 up