Cherry coke days





 滞在期間の終わりが近づいていた。それは即ち、夏休みも佳境に来ているということに他ならない。そろそろ皆、この旅行を終えようとしていた。
 終わりが近づくと、あれもこれもと予定を詰めてしまって、あっという間に日々は過ぎていった。そして明日には戻るという日、慶次が花火を見つけてきた。

「懐かしいなぁ、俺様、これが好き!線香花火!」
「爺臭ぇなぁ…此処は打ち上げだろ?」

 佐助が線香花火の束を手にすると、隣から元親が顔を覗かせて笑う。そうしている間にも、元就が勢い良く噴射する緑色の花火を立て続けに点けていった。

「元親、貴様、打ち上げはやめておけ」
「何でだよ?」
「湿気ているからだ。先程、我がその上に麦茶を零してな」
「はあ?ちょ…――ッ、マジかよぅ」

 噛み付く元親に、元就は軽快な笑い声を上げている。わざとだろ、と元親が詰め寄るのにも応えず、元就は好きなものを次々と点火していく。

 ――シュウ…バババババ

 一角ではいきなりねずみ花火が動き出していく。それを足元に敷きながら、幸村が必死で回避に回る。何やら夢中になっている様に空かさず佐助の突込みが向かった。

「うおおおおおッ!!」
「旦那ぁ!お願いっ、ねずみ花火は鍛錬に使うものじゃないから!」

 暴れまわる花火から幸村を引き剥がして、佐助がぜえぜえと息を切らした。それを指差して笑いながら、政宗は両手に花火を持って、ぶんぶん、と振り回す。

「ば〜か!危ねぇ事してんじゃねぇよ!」
「むしろアンタもだろ、政宗ッ!」

 ――花火は人に向けちゃいけませんッ

 幸村を取り押さえた佐助が政宗にも怒声をお見舞いする。だが政宗は「NO,ploblem〜」と鼻歌交じりに応えた。
 駅の方向ではやっと、どん、と花火の音が響いてきていた。夏の終わりを告げるように、この地域でも花火が上がる。だが規模はそんなに大きくない。それに、離れているこのペンションからも、その花火が見えるほどだった。

「あ、上がりだしたよッ!」

 ――ひゅう…

 慶次が空に向かって声を上げる。合図のように皆が空を見上げた。立て続けに、どどん、と花火が鳴ると、元親が「たーまやー」と声を張り上げる。負けじと横で慶次が声を張り上げていった。
 だがそんな花火に背を向けて、小十郎が歩き出した。ペンションの裏手に向かって歩いていく。政宗は上がる花火を横目で見てから、彼の後を追った。










 ペンションの裏手は少しだけ傾斜になっており、町が一望とは行かずとも見渡せる。土手になっている場所に座り込んで、ちらちら、と煙草の火を燻らせた小十郎の横に立つと、政宗は胸に一度手を当ててから声をかけた。

「片倉…――ここ、いいか?」
「ああ…」

 見上げて、小十郎は持っていた携帯灰皿に煙草を押し付ける。そして自分の横を指差した。政宗は其処に腰掛けると、空を仰いだ。

 ――どん…ばらばらばら

 色取り取りの花火が空に描かれていく。それを見上げながら、振られた日を思い出してしまった。

「片倉と花火見るの、これで二回目だな」
「そうだなぁ…」

 ふふ、と口の中で笑いながら政宗が言うと、小十郎もまた空を見上げてしみじみと言った。政宗は首を廻らせ、隣の小十郎の横顔を見つめた。彼の顔は、空に咲いた花の光で蒼く光っていた。

「ごめんな…俺が告白なんてしたから」
「いいさ、気にするな」

 ――ぐしゃ。

 背後から小十郎の手が伸びてきて、政宗の頭に乗る。その手の感触が好きだった。政宗は撫でられるままだった彼の手に、自分の手を伸ばすとその手を掴んだ。

「俺、決めたんだ」
「――――…」

 小十郎の手を掴んで、少しだけ身を乗り出す。決心を揺らがないものにする為に、自分が揺らがない為に、此処で彼にもう一度告げていく。

「決めたんだよ、お前を諦めないって。正直言うとよ、お前に振られて、すっごく泣いたぜ?」
「それは…すまないな」

 一気に其処まで言うと、小十郎が真顔になった。そして傷ついたのか、視線を落とした。だが政宗は先を続けていく。

「泣いて、泣いて…でも、どうしても消せなかった」

 小十郎の手を離し、政宗は「片倉」と彼に呼びかけた。すると小十郎は政宗の方へと視線を動かし、息を飲んだ。二人の横顔を花火の微かな光が照らしていく。

 ――どん、どん、

 立て続けに上がる花火の音に、下では慶次達の声が響いている。だが政宗の耳には、もう己の鼓動の音しか聞こえなくなっていった。
 どくどく、と早鐘を打つ鼓動を、さもすれば口から心臓が飛び出てしまうほどの、強い緊張を感じながらも、政宗は思い切って告げた。

「俺、お前が好きだ」
「伊達…――ッ」
「堂々と胸張れるくらい、好きだ。だから諦めねぇ」
「――――…ッ」

 言ってしまうと、その先はするすると言葉が出てくる。だが緊張で背中に汗が滲んでいくのを感じていた。
 指先が、かたかた、と小刻みに震えていく。だがそれを悟られまいとしていた。

「だから覚悟しろよ?今度は俺にお前を惚れさせてやるからさ」

 はは、と軽く笑いながら、其処まで言うと、政宗は首を廻らせて空を仰いだ。空には細かい、花束のような金色の光がはじけている。

「あ」
「え…――ッ」

 政宗が小さく声を上げると、導かれるように小十郎が空を仰いぐと彼の表情に、微笑が浮かんだ――政宗は吸い寄せられるように、気付いたら彼の方へと顔を近づけていた。

 ――ふ。

 小十郎の頬に、軽く唇を触れさせる。直ぐに俯いて、彼の肩口に額を押し当てて、政宗は呟いた。

「先手必勝、てな」

 言ったものの、今、小十郎の顔を見上げるのは、流石に怖かった。望みを捨てないでいいと気づいても、いつ彼が拒絶してくるか解らない。
 ぎゅう、と高鳴る鼓動を押さえつけるように、瞼を引き絞る。

「伊達」

 不意に頭上から声がして、低く掠れているような、囁くような声に、どきり、と胸が鳴った。弾かれたように顔を上げた時、小十郎のはしばみ色の瞳がぶつかっていた。

「え…――ッ」

 肩を、背を、小十郎の手が支えている。動きを止めてしまっていると、鼻先がこつりと触れた。

「――…ッ」

 ふわ、と優しく唇に柔らかい感触が滑り込む。押し当てるだけの口付けが、唇に触れ、そのまま啄ばむように動くと、静かに離れていった。

 ――な、な、何が…?

 きょとん、と瞳を丸くしてから、今の感触を反芻してしまう。政宗は、きゅ、と唇を噛み締めてから、ぶわり、と一気に熱が背に走るのを感じた。だが慌てる間もなく、今度は強い力で小十郎の胸元に抱き締められてしまう。

「な…ぁ、あ?何…――ッ」
「俺にこれ以上、惚れさせてどうするんだ?」
「ええ?」

 切なそうに掠れた声が耳朶を擽る。はあ、と大きく溜息を付く小十郎が「参ったなぁ」と困った様相を示した。だが政宗にとってはそれ処ではない。
 咄嗟のことに、心臓は崩壊を迎えるのではないかと思うほどに高鳴っている。

「諦めないんだよな?」
「う、うん…――」

 こくこく、と政宗が首を縦に振ると、小十郎は「俺も腹括るかな」と呟いた。そして政宗に呼びかける。胸元に抱き締めていた力を緩め、政宗の顔を上げさせていく。

「覚悟はもう出来たさ。だから、今から俺が告白をするつもりなんだが…」

 ――聞いてくれるか?

 小十郎が噛み締めたままの政宗の唇に指をかける。強く噛んでしまっていた事に気付いて、政宗は力を緩めると、すう、と息を吸い込んだ。

「うん」

 すんなりと出てきたのは、頷くことだけだった。小十郎の手が優しく政宗の額に触れて、右眼に掛かる髪毎撫で上げていく。
 その手が気持ちよくて、瞳を眇めそうになるが、政宗は高鳴る鼓動を落ち着かせながら小十郎の言葉をまった。

「好きだ、伊達」
「うん…――ッ」
「本当に、好きなんだ。嘘つこうと…自分を偽ろうとしたが、駄目だった。お前が好きだ」
「――ッ」

 小十郎が確かめるように覗き込んでくる。それに、頷いていく内に、視界が潤んで来た。ここ最近で涙腺が緩くなった気がしてならない。徐々に目の前の小十郎の顔が歪んでくる。

「泣くなよ、馬鹿」
「馬鹿、言うなッ!」

 はは、と苦笑する小十郎の胸を、どん、と拳で打ちつけながら、政宗は大粒の涙を零した。

「好きだよ、政宗」
「お、俺も…――」

 ぎゅう、と抱き締められて、後は言葉なんてものは出てこなくなった。花火の音はしきりに耳に響いている。だが花火を見るよりも、今は互いの視界には花火は映っていなかった。






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2009.11.01.Sun.17:40/091118 up 夏休み編終了