Cherry coke days





 駆け出して行ってしまった政宗の背を追って、慶次が飛び出して行ってから、元親は再び中に戻ると小十郎の目の前の応接セットに座り込んだ。どさ、と勢い良く座り込み、長い足を組むと其処に肘を乗せる。

「なぁ、片倉さんよ。俺にはさ、大人の事情なんて解らないけど」

 後から元就も中に入ってきて、腕を組んだままで壁に凭れた。その後ろから佐助と幸村が顔を覗きこませてきた。

「相手のことを好きだって気付く切っ掛けなんて、他愛もないものだと思うけど、そこから始まることだってあると思うぜ?最初から諦めて、無いことにするなんてしなくてさ」

 ――人を好きになった気持ちを、誤魔化すなんて寂しいことしなくてもさ。

 元親は話しながらも、ちらりと元就の方へと視線を動かした。だが元就は瞼を閉じたまま、頷いて聞いているだけだった。しかし、元親が話し終わると瞼を押し上げ、小首を傾げた。

「我はむしろ大人の事情を聞きたいがな」
「ああ、確かに〜。はい、アイス」

 進み出てきた佐助が、袋の中から買ってきたアイスを渡していく。小十郎もまたカップに入ったアイスを一つ受け取る。

「毛利、猿飛…――」

 4人の視線が一気に小十郎に向かう。小十郎は立ち上がって、部屋についている小さな冷蔵庫にアイスを入れると、腰を伸ばしながら溜息をついた。

「仕方ないか……」

 ――本当は知らせるつもり無かったんだがな。

 小十郎は付け加えると、再びベッドの上にどさりと腰をかけた。

「俺、今期で大学に戻るんだ」
「え…――ッ」

 入り口から顔を覗かせて幸村が声を上げる。隣で佐助が、しい、と口元に指先を立てていた。

「長曾我部達は三年だから知っていると思うが、俺は産休の先生の替わりだからな。もともとの籍は系列の大学の研究室なんだよ」
「それじゃ…戻るってことは…」

 ソファーに座った元親が肩を竦める。そして前に乗り出すように身をかがめた。応接セットとベッドは近い――小十郎は元親の方へと首を廻らせると、頷いて見せた。

「一応、あと一年契約継続しないかとも言われているが…今年で離れるんだ」
「――――…」

 皆が言葉をなくして黙り込む。それとは逆に小十郎は早口になりながら先を繋いだ。

「それに俺が居なくなれば、たぶんあいつも気付くさ。恋なんかじゃなくて、一時の…」
「それ、俺には片倉先生が、傷つくのを嫌がっているようにしか聞こえないんだけど」

 言葉を遮って元親が横槍をいれる。だが小十郎も空かさずそれに反論していった。

「そんな事無いさ。あいつが俺のことを好きだなんて、そんなの…まだ若いから勘違いしているだけで…」
「違うでござるッ!」
「幸村?」

 小十郎が淡々と応える中で、ドアの側から幸村が進み出てきた。肩を微かに怒らせて、眉根を引き絞っている姿が、必死さを伝えてくる。

「某達は、片倉先生にとってはまだ子どもかもしれぬ。だが、自分の気持ちには…誰かを恋うる気持ちを、偽ったりなどせぬ。いや…そんな器用なこと、出来ぬ」
「――……」
「政宗殿は、本当に…片倉先生を好きだと…慕っていると…」

 ――昨日も、言っていたのに。

 ひとつひとつを伝えるたびに、幸村の視界が潤んでくる。怒りからなのか、せつなさからなのかは解らない。ぐす、と微かに鼻を鳴らすと、佐助が幸村の肩に手を乗せた。そしてそのまま幸村は俯いてしまう。

 ――俺も、こいつらと同じ時間を歩んでいたら。

 そうならば、迷わずに彼の申し出を受けたかもしれない。だが、今の自分の立場を思うと、簡単に答えることも出来ない。
 一番のネックになっているのは、今の肩書きだ――それを様々な理由で押し隠してきただけだ。だが小十郎はそれを口にした。

「でも教師と、生徒じゃ駄目だよ」

 皆が、はっと気付いたように瞳を微かに見開く。それを視界に収めると、小十郎は困ったように、口元に苦笑を浮かべた。

「他でもない、俺が、な」

 誰が許すと言っても、どうしても気になってしまう。そんな矮小な自分を認めながら、小十郎は諦めを含んだ笑みを浮かべるしかなかった。





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2009.11.01.Sun.09:46/091118 up