Cherry coke days





 昼にさんざん遊び倒してペンションに戻るとすでに時間は夕方に差し掛かっていた。ばたばたと慌ただしく動いて、一息つく頃には既に日付を変えるまであと少しと云う頃合になっていた。
 部屋に戻ろうとしていた小十郎を捕まえて、慶次が「ちょっといい?」と呼び止める。軽く頷きながら小十郎が「後でな」と告げて部屋に引き込んだ。
 程なくしてノックの音と共に慶次が現れる。

「で、話って何だ?」
「一応、聞いておきたい事だから。教えてよ、片倉センセ」

 小十郎の部屋の入り口に、ノックをしたままの格好で慶次が立つ。その後ろから元親が中を覗きこむようにして身を屈めている。

「長曾我部は?」
「俺は慶次が暴走しない為かな」

 元親は少し考えてから言うと、部屋の中に入ってくる慶次の後に続いた。慶次は、さっき後で教えてって言ったでしょ、と前に進み出ると、ベッドの上に座っている小十郎の前に立った。

「単刀直入に聞くけど、政宗のこと、何で振ったの」
「――――…」

 小十郎が視線を慶次の足元へと向ける――そのまま瞼を落として、溜息を軽くついた。

「俺の目には…あんたも政宗を好きだって、映っていたんだけど、それって俺の勘違い?」

 慶次が静かに訊く。それを小十郎は瞼を押し上げて――だが視線は下に向けたままで――聞いていた。応えない小十郎に、元親が入り口に寄り掛かって、うーん、と小首を傾げてから、付け足すように告げた。

「確かに、片倉は俺達にも優しいけどよ…政宗には、格別だったな」
「――特別扱いしたつもりは無かったが…」

 小十郎が元親に向けて応える。元親はそれを受けて、指先を小十郎に向けた。

「でもそれって、好きだからだろ?」

 核心を突くような元親の言葉に、小十郎も慶次も息を飲んだ。










 風呂上りに部屋に戻ろうとして、ふと奥の小十郎の部屋のドアが開いていることに気付いた。政宗は自室のドアのノブに手をかけたまま、そちらの方へと首を廻らせていた。

 ――何だろう、何か声が聞こえる。

 聞き馴染んだ声が、何かを話している。好奇心を擽られて、政宗が一歩、部屋のほうへと足を向けた。だが直ぐに足を止めることになる。

「――――…っ」

 途端に背後から、両腕が伸びてきて政宗の口元を押さえてきた。

 ――誰だ?

 誰も其処にいないと思っていたので、驚愕を隠せない。どきどきと心臓が早鐘を打ち始める。政宗がジタバタしていると、さらり、と柔らかい髪の感触が政宗の頬に触れた。

「しぃ」
「――――…ッ」

 ――静かにしておれ。

 耳元に小さく囁かれたのは、声を出すなと云う警告だ。暴れるのをやめて、軽く首を廻らせると、整った元就の横顔が眼に入った。
 背後から羽交い絞めにしているのは元就だったのだ。静かに、足音を立てないようにして、二人で部屋の前まで近づく――それでも元就はまだ政宗の背後から口元を押さえたままだった。

「でもそれって、好きだからだろ?」

 不意に耳に飛び込んできたのは、元親の声だった。それを誰に向けて言っているかなんて予想がつくというものだ。
 この後に彼は何て応えるのだろうか――そう思うと、とっとっ、と軽く胸が高鳴り出す。

 ――応えてくれ。聞きたい。でも、聞きたくない。

 真意は知りたい。でもまた同じように、拒否の言葉だったらどうしようか。それを思うと先を聞くのは辛くなってくる気がした。政宗は、きゅ、と瞼を引き絞ると祈るような気持ちで彼の言葉をまった。










 ――好きだからだろ?

 簡単に元親は結論付けて、指先を小十郎に向けてきた。小十郎が見上げる先には元親と慶次がいる。慶次はいつもの笑顔を奥に引っ込めて、真面目な顔つきで向かってきていた。
 ぐぐ、と引き絞られるのは彼の拳の音だ――その拳に殴り飛ばされたのは数日前のことだ。それを思い出して、小十郎は「参ったな」と小さく呟くと、溜息混じりに応えた。

「嫌いじゃない。……むしろ、好意を、持っている」
「だったらさ…ッ!」

 弾かれたように慶次が声を荒げる。だったら、の先には「どうして振ったのか」と続くしかない。

 ――そんなに簡単に、相手の気持ちに応えられるほど若くない。

 小十郎は自嘲するように胸内で思うと、慶次の言葉を先に繋げられないように、首を振った。寄せられる真っ直ぐな感情に臆病になっているのは重々承知だった。

「だけどな、そう簡単に頷ける筈ないだろ?」
「どうしてだよ…ッ」

 歯噛みしながら慶次が眉根を寄せる。

 ――どうして、応えてあげないんだよ。

 まるで自分の事のように慶次は悔やんで、今にも泣き出しそうな程――泣き出すのを堪えるように、下唇を噛み締める。そして小十郎に掴みかかろうと腕を伸ばす。だが直ぐに背後から元親がそれを圧し留めた。元親を振り仰ぎ、視線を合わせると慶次はそのまま俯いた。

「あれ、政宗、元就、どうしたの?」

 緊迫した空気を割いて、佐助の声が廊下から聞こえた。元親が首を廻らせると、慶次は小十郎に構うことなく廊下の外に顔を出した。

「アイス買ってきたんだけど、食べる?」

 コンビニの袋を提げた幸村と佐助が向き合っているのは、元就と、元就に口元を押さえられている政宗だ。

「政宗……――ッ」
「あ、政宗殿?」

 慶次が政宗を見つけて、しまった、と頼りなく眉を下げる。その途端に政宗は元就の腕を振り解いて、佐助と幸村の間をすり抜けて駆け出していく。とんとんとん、と素早い動きで階段を下りていく音が響いた。

「政宗ッ!」

 その音を耳にしながら、慶次が政宗の名前を呼びながら飛び出した。彼のなびく長い髪を見つめてから、元就は佐助と幸村を前にして、軽く彼らの頭を拳で小突いた。

 ――こつん、こつん。

「いた…ッ、ちょ、元就さん何すんのさ?」

 佐助がコンビニの袋を、がさりと動かしてから唇を尖らせた。幸村は何故小突かれたのか解らないというように、瞳をぱちくりと動かしていた。

「――タイミングの悪い奴らよ」

 はあ、と深く溜息をつく元就に、部屋の中から元親が顔を出す。そして彼らを見つめて、再び同じように溜息を付いていった。






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2009.10.30