Cherry coke days 来る時とは違い、車で荷物を持って下山するメンバーが変わった。元就と元親が利家と共に車で下山することになり、代わりに小十郎が歩いて降りる事になった。 先を佐助と幸村がひょいひょいと降りていく。二人で話に夢中になっているようだが、ゆらゆらと目の前で幸村の長い髪がしっぽのように揺れているのを見てから、政宗は木の間から見える空を見上げた。 ――空気が冷たい。 ひんやりとする空気に混じって緑の匂いが濃く鼻先に触れてくる。それが、徐々に高度を下げて降りていくと、空気自体が暖かくなってくるのが感じられる。 ――だけど、まだ冷たい気がするな。 山の空気に日の鬱陶しさや、煩わしさが洗い流されていくような気がした。 あまり整備されていない山道だ――馴れない足取りながらも、そんな事を考えていると一番後ろを歩いていた慶次が声を掛けてくる。 「政宗、後でさ…コンビニ行かない?」 「良いけど、何買うんだよ?」 「え〜?今日もボーイズトークしようと思って。やっぱお菓子は付き物でしょ」 「お前…凝りねぇなッ!」 ――だってまだ政宗の話聞いてないしぃ。 慶次が政宗の横をすり抜けながら笑う。その後姿に向かって政宗はばしりと手を叩きつけた。 「っかやろ、言うかよッ!」 「ええ?恥ずかしがらずにさぁ…言ってしまえば楽になるよ?」 「楽になんてなりたくねぇッ!」 其処まで言ってから、ハッとする。慶次もまた政宗の言葉を聴いて、瞳をぱちりと動かしたが、直ぐに「へぇ?」と意味深に口元を吊り上げた。 「な…何だよ?」 「うんうん、そうだよね。政宗、頑張りなよ」 「――お?おお……」 隣に並びながら慶次が肩を寄せる。耳元に顔を寄せて「でも惚気は聞かせて」と咽喉を鳴らしながら言うと、ふ、とそのまま息を吹きかけられた。ぞく、と背筋に寒気が走る。 「――――…ッ!慶次っ」 「あはははは、先に行ってるよ」 たったった、と足元を躍らせながら慶次が先に下りる。政宗は息を吹きかけられた耳に手を当てて、待て、と声を荒げた。そのまま大きく足を踏み出した時、思わず木の根の上に足が乗った。 ――ずる…ッ 「――…ッ」 体勢がぐらりと傾く。しまった、と思った瞬間、視界に空が見えた。木の根は滑るものだと知っているのに、やってしまった。これはもう転ぶしかない、と身体の力を抜きかける。 「伊達…――っ」 ぐい、と背後から強い力が引き上げてくる。何が起きたのかと動きを止めていると、上腕を掴んだ腕が、政宗の体勢を元に戻して――そして勢いで背中が相手の胸元に触れた。 「全く、危ないなぁ…伊達、ちゃんと前見て歩け」 「…――ッ」 耳元に低い声が響く。顔を其方に向けたら、たぶん間近に彼を見ることになる――小十郎の右胸に自分の肩が触れて、背中を預けている状態だ――肩先に小十郎の声が乗ってくる。転びそうになったことにも驚いたが、それよりも至近距離にいる彼にも驚かされる。触れているところが、じとりと熱を持っていく。 「伊達…?」 応えずにいると背後から覗き込むように小十郎が動く気配がした。政宗はゆっくりと小十郎の胸元から背中を離すと、一歩前に進み出る――だが、まだ彼に上腕を握られたままだった。 「片倉、腕…――」 「ん?あ、ああ…」 小十郎が手を離しかける――だが、その瞬間に政宗の表情が眼に入ったのだろう――離しかけた腕を再び強く引き寄せた。 「片倉…――ッ?」 背後から抱き締めるかのように小十郎の腕が回ってくる。ぎゅう、と引き寄せられ、小十郎の額が肩に触れている。 ――な、なんで? 抱き締められる理由が解らない。がくがくと足が震え始めてくる。政宗が肩に掛かる小十郎の吐息に、びくりと身体を揺らすと、今度は小十郎が勢い良く腕を離した。 「あ、すまん……――っ」 「お前も転びかけたのかよ?」 「すまない。どうかしていた…」 「俺は別に、構わねぇよ……」 辛うじて出た辛口だったが、小十郎の手が頭に伸びてきてその先を言えなくなった。くしゃり、と撫でてくる手が優しい――その手も、熱さも、もっと知りたい。 ――だけど、俺はこいつに振られたんだ。 好きで堪らないけれども、恋人の位置は許して貰えなかった。それを思い出すと、じわりと胸が潤んでくる。 「手、離してくれ…」 「あ、ああ…――」 政宗はそう呟くと、くるりと踵を返した。そしてそのまま先に歩を進めていった。 ――優しくなんてするなよ。 此処で振り返って小十郎の顔を見たら、その胸に飛び込みたくなる。少しでも彼の感覚を知りたくなる。でも彼は自分のものでもない。それが辛くて、政宗は逃げ出すようにして足早になっていった。 「政宗…?」 「――……ッ」 勢い良く駆け込む先で、慶次の横をすり抜けると、慶次は声をかけてきた。でもそれに応える余裕は政宗にはなかった。 ――ざっ。 背後にたつ土を踏む音に、慶次はそちらを見上げた――歩いてきた小十郎に「先生」と声をかける。 「政宗に、何かした?」 「――別に」 「ふぅん…でも、後で教えてよ。片倉センセ」 隣に並んで歩調をそろえながら、慶次が眉根を寄せる。ゆらゆら、と慶次の腰のあたりで波打つ髪が揺れていた。まるで犬の尻尾のようだと思いながらも、小十郎は何も言わずに並んで歩いていった。 →49 2009.10.29 |