Cherry coke days





 利家と幸村が川から上がって来ると、とった魚をそのまま焼こうとした。すると佐助が包丁を取り出して「中身くらいは出すから」と鬼の形相で取り上げた。

「内臓入っててもいいじゃないか?」

 小十郎が問いながら、幸村に山盛りの焼きそばを渡すと、佐助はどんよりと暗い顔をした。

「俺様のトラウマでさ…大将がそのまま焼いた魚くれたことあって。で、食べてたら、ミミズが…」
「判った、判ったから!それ以上言うなッ」

 小十郎も覚えがあるとばかりに耳を塞ぐ。川べりで出来る遊びなど限られているが、この場所は少し奥にいくとそれなりに深くなっている。
 いつの間にかそこで泳いでいた元親が、さらに手に魚を持って上がってきた。それを観て、浅瀬で投げ石をしていた政宗が飛びのく。

「ぎゃっ、元親ッ!なんで素手で獲れるんだよ?」
「知るか。なんか泳いでったからよ、掴んでみたら獲れた」

 政宗の目の高さに元親が魚を上げてみせる。慶次が座ったまま「さすがアニキ〜」と声援を送っていた。
 それを、ちら、と日陰から元就が見つめている。

「元就ッ!おまえ、此れ、まだ食べられるか?」
「当然だ」
「そっか、じゃあ、焼いてもらうな」

 にこ、と笑う元親が、ざぶざぶと浅瀬を歩いていく。そして火を興している小十郎たちの処に行くと、佐助からナイフを受け取ってその場で捌いていった。

「なんか皆、こういうの慣れてるんだな?」
「んー、どうだろうね?ノリってこともあるかもよ?」

 慶次が座ったままで答える。ぼんやりと火元に集まっている彼らを見つめていると、川の流れに何かが流れてくるのが判った。

「うん?」
「あれ…――もしかして」

 どんぶら、どんぶら、と流れてくるもの――動きを止めてみていると、すい、と緩慢な動きで政宗たちの後ろを通過していく。

 ――西瓜だ。

「My God!真田ァァァッ、流れてんぞッ」
「西瓜ァァァァァ!!西瓜が流れたッ」

 舌打ちをして政宗が西瓜を追いかける。声を張り上げると、焼きそばを食べていた幸村が「本当でござるな」と呟いていたが、勿論彼らの耳には届かない。西瓜を追いかける政宗とは反対に慶次は皆のほうへと声を掛けていった。










 西瓜がくるくると回りながら深みの方へと向かって流れる。それをなんとか取ろうと手を伸ばすが中々取れない。元親のように中に入り込んでしまえば簡単なのだろうが、流石に飛び込む勇気はなかった。
 そもそも川で泳いだことなどない。

 ――くっそ、慶次か誰か、居てくれたらいいのに。

 流れにそってカーブを過ぎてしまうと、彼らの姿は見えなくなっていた。だがそれでも政宗は意地になって手を伸ばした。

「あと、ちょっと……ッ」

 ばしゃ、と思い切り踏み込んでから、大きく腕を伸ばすと手に西瓜が触れた。それを良いことに自分のほうへと引き寄せる。

「あ、う、うわッ…――ッ」

 ――ばっしゃん。

 手に西瓜を掴んだ――だがそれと同時にその場に倒れこんだ。政宗はさらさら流れる川に半身以上濡れたままで、腕に西瓜を掴みこむと、そのまま仰向けになった。
 浅瀬なら流されることもない――びっしょりと濡れてしまっているからもうどうでもいい。水に身体を横たえながら西瓜を手にして溜息をついた――空に鳶が飛んでいるのが見える。

 ――水、結構気持ち良いなぁ。

 とりあえず西瓜は死守できた。少しくらいのんびりしても良いかと息をついていると、がら、と砂利を踏む音がした。

「伊達、何しているんだ?」
「あ…――」

 顔を其方に向けると、驚きに瞳を見開いている小十郎がいた。政宗は身体を起こすとその場に胡坐をかいた。

「観て判らねぇのかよ、西瓜、取りに来たんだって」
「おお、良くやったな」
「ん…お前は?」
「うん?」

 にこりと小十郎が笑う。それと同時に頬の傷が引き攣れた。政宗はぐっしょりと濡れてへばりつくシャツを手で払いながら、問いかけた。

「片倉、お前はどうして此処に?」
「あ、あー……様子を観に、かな」
「なんか言われたか?――皆に」
「いや、俺が気になって」

 其処まで言うと小十郎が口元に手を宛がった。そして気まずそうにその手を後頭部に回すと、ふう、と溜息をついた。

 ――片倉が、俺を気にしてくれた?これって…

 どう取ったらいいのか。良い方になのか、それとも別の可能性になのか。政宗は腕を伸ばして小十郎の前に突き出した。

「起してくれよ」
「――?良いぞ、ほら、つかまれ」

 ぱしゃ、と足元を水に入れて小十郎が政宗の腕を掴んだ。手に小十郎の温もりが伝わる。政宗は口元をにやりと吊り上げると、ぐい、と強く引っ張った。

「こらっ、伊達…――っ!」
「お前も濡れちまえよっ!」

 ばっしゃん、と小十郎が膝を付く。無邪気に笑いながら――片腕に西瓜を抱えているのをすっかり忘れていたが――腕を引っ張ると小十郎が体勢を崩す。それも政宗の西瓜に気付いて反対側に身体を反らしたものだから、勢いで政宗もまた背後に倒れこんだ。

「――…っとに、こら、伊達ッ!ふざけるのも…」
「――――ッ」

 仰向けに再び倒れた政宗の視線と、その隣に倒れこんだ小十郎の視線が近い。手はまだ繋いだままで、触れたところだけがやたらと熱く、水の冷たさがその熱さだけを教えてくれる。

「……怪我、ないか?」
「うん、なんともねぇよ。ただ…」

 ――もう少しだけ、こうしててほしい。

 瞼を閉じて我が侭を言ってみる。断られたら切ないから、瞼を閉じた。再び断られたら、また泣き出してしまいそうだった。
 だが、政宗の背中に横から腕が差し込まれると、ひょい、と起されてしまう。

「水って結構、体力と体温、奪うんだぞ。それにそろそろ皆待ってる」
「――そう、だよな」

 苦笑して立ち上がると、二人ともびしょぬれだった。西瓜はよく観れば網ごと流されていたので、片手で持つことが出来る。ひんやりと冷えていて、たぶん割ったら美味しいだろう。
 水から上がると小十郎を前にして、政宗が半歩下がった。すると彼は振り返って手を差し出してきた。

「――――…?」
「さっきの、皆のとこに行くまでは、繋いでいてやる」
「え、い、良いのかよ?」
「それくらいはな」

 ふい、と前に向かってしまう小十郎の耳が色付いていく。大人でも照れてしまうのかと、政宗はくしゃりと顔を歪めると、後ろ手になっている小十郎の手に自分の手を絡めた。

 ――ずっと、繋いでいれたら良いのに。これが、俺のものなら。

 適わない願いを抱きながらも、ゆっくりと歩く。サンダルの中にも水が入り込んで、足元が滑りそうになって仕方なかった。



 →46




2009.10.04.Sun.18:28