Cherry coke days 利家について山の中に進んでいく。朝も野駆けをしているのに疲れなど一切見当たらない。そんな利家に元親は、タフだな、と感想を抱いて彼の後ろについていく。更に元親の半歩後ろには元就が付いてきていた。 「ここら辺って何が釣れるんですか?」 「色々なものが釣れるぞぉ。岩魚、山女、蛇…」 「ヘビ?食べるんですか?」 まさか、と吃驚していると利家は振り返って力強く拳を握った。 「いや、食べんッ!ただ時々流れてくるッ」 ヘビが流れてくる姿――それを脳裏に描いていると、ぽつ、と元就が背後から呟く。 「それは泳いでいるのではないのか?」 「あと山菜も獲れるしな。良いところだ」 元就の言葉など耳に入っていないのか、豪快に笑うと利家は再び「こっちだ」と先を促がしてきた。 山道を通り過ぎる際に小さな滝が見えたり、小さな渡し橋があったり、風情のあるものがいくつも点在している。そして山独特の緑の空気が何よりも気持ちよかった。 小さな橋のある渓流に来ると、利家は其処に持ってきたものを拡げて下にひらりと下りた。それに続いて元親もまた下に下りる。 ――ぱっしゃん。 「おわ、冷てぇ!」 「山の水は冷えているからな。靴は履いておけよ?」 「はぁい。おお、すげぇ…少し進むと膝まで来るぜ」 ばしゃばしゃ、と元親が続いて入っていく中で、元就は橋に腰掛けて元親に声を張り上げた。 「我は此処におる」 「おう、座ってろ」 口元に手を添えている姿に、元親は振り向いて手を振る。ざばざばと中に入っていったかと思うと、利家が「いかんッ!」と声をあげた。 「俺としたことが、バケツを忘れた!」 「あ…本当だ」 「これでは釣った意味が無いっ。ちょっと、待っててくれ。直ぐにとってくる」 「え…家まで戻るんですか?」 元親が呆気に取られていると、利家ば川から、ざぶ、と上がって走り出していた。止める暇も無い。伸ばしかけた手を虚空に向けながら、元親が動きを止める。そして橋に座っている元就に肩を竦めて見せた。 「大人しく待ってるか。なぁ?」 ざぶざぶ、と元就の元へと足を向け、橋に寄り掛かる。すると少しだけ元就の方が視線が高いことに気付いた。元就を見上げることなど、幼い時以来だ。 すくすくと伸びてしまった背丈は、いつの間にか元就を追い越していた。 木漏れ日に重なって、きら、と元就のこめかみに汗が浮いているのに気付くと、元親は濡れた手を彼に向けた。 「お前、暑くない?水に足だけでも入れてると涼しいぜ?」 ひやり、と冷えた手に元就が、ほ、と息を吐く。そしてじっと元親を見下ろしながら、こくん、と頷いた。 「よっしゃ、じゃ、来い」 「――?」 ばしゃ、と足の向きを変えて元親は元就に両腕を伸ばした。元就は小首を傾げたが、直ぐに意図していることを理解したらしく、一人で降りられる、と眉を寄せた。そしてゆっくりと橋から足を水の方へと向ける。元親は思惑がはずれ、つまらなそうに舌打ちをした。 「元就、滑るから気をつけろ」 「解っておるわ。貴様こそ、苔の上など歩くなよ」 「滑る…から、だろ?」 ――昔、お前に教えて貰ったよな。 ぱしゃん、と軽やかな音を立てて元就が水の中に降りる。捲り上げた足が――足首がやたらと白く、細く見える。 「覚えていたのか…」 「忘れてねぇよ。あの時は確か、神社だったな」 「そうだな…」 ぱしゃぱしゃ、と橋に寄り掛かる元親の先に歩き出し、元就は水の流れを覗き込んだ。水草に魚がゆらゆらと戯れている。 「でっかい何処かの神社でさ。七五三だったっけ?俺、橋から落ちたんだよな」 「――……」 ゆっくりと身体を起こして元就が眉根を寄せた。元親は橋から背中を離して彼の元へと足を進める。元就とは違う、ばしゃばしゃ、という重みのある音で水が跳ねていく。 「受け止めたのが、お前でさ」 ――な?そうだったろ? にや、と口元を吊り上げて笑うと元就は眩しそうに瞳を眇めてから、ふん、と鼻を鳴らした。 「今では貴様を受け止めるなど、出来ぬわ」 「そう冷たい事いうなよな」 「貴様の体格を我の細腕で受け止められると思うてか。馬鹿者が」 「ま…そうか。それは仕方ねぇな」 ざざ、と木々が揺れて木漏れ日をおとしていく。水の上にはキラキラとした光が、まるで鱗のように煌いていく。 ――さらさらさら… ゆったりと流れる水と風に、時間までもが穏やかにさえ感じられてくる。元親が空を仰いで――まだ近く、濃い青の空に、夏を感じながら空気を吸い込んでいく。 「元親」 「んー…?」 ――とん。 不意に呼びかけられて気の抜けた返事で返す。だが背中に、ふわ、と温かい感触が触れてきて、元就が元親の背中にくっ付いたのだと気付いた。 「え、ちょ…ちょっと元就?」 「受け止められないのなら、我が飛び込んでやる番よ」 「――――…ッ」 云い様に元就は腕を背後から回しこみ、元親の胸元に手を這わせてくる。ぎゅ、と軽く背後から抱き締められて、元親の心臓がとくとくと小さな音を立て始めた。 「それに、こうして腕を回せば我にでも貴様など容易く抱きとめられるわ」 ふふ、と笑う声が背後から聞こえる。元親は、ごく、と咽喉を鳴らしてから、そっと元就の手に手を添えて引き剥がし、くるりと振り返った。 「できればさ」 「――…」 手首を掴まれたままの元就が、切れ長の瞳を瞬かせる。木漏れ日の中でも、上を向くと眩しいのだろう。ぱちぱちと動かしながらも、元就は元親の動向をじっと待っている。 「こうして抱き締めてくれよ」 正面から肩を引き寄せて、ぐ、と自分の胸に元就を引き寄せた。そして細い彼の背に両腕を回すと、珍しく元就の腕が元親の背に回ってくる。 「図に乗るな、馬鹿者」 くぐもった声が胸元から聞こえる。 「お前の言う馬鹿は、好きだってのと同義みたいだな」 あはは、と声を上げて笑うと、ぱしゃん、と足元に元就の飛ばした飛沫が思い切り跳ねていった。 →43 2009.09.27.Sun.10:42 |