Cherry coke days




 慣れない早起きをしたせいで眠くて適わない。
 政宗は食堂に皆が集まる中で、一人で端のソファーに腰掛けてうとうととしていた。そうしている内に元就と元親が利家と釣りに行くと決めていき、幸村と佐助が朝食を食べに戻ってきてから、今日もこの近辺を観て回ると出て行った。
 因みに慶次は初日の、小十郎に殴りかかった罰として、風呂掃除と皆への接待とをまつに言い渡されている。

「政宗ぇ、朝ごはん、食べちゃってよ」
「んー…いい、いらない」
「まつ姉ちゃんのご飯だよ?食べないと損するよ」
「寝てたい……」

 慶次が傍に来て言うが政宗の瞼は重く、開けられずにいる。そのままソファーに身体を沈めながら、お前食べていいから、と伝える。

「じゃあ、食べちゃうからね。でも昼は食べてよ。俺、わざわざ旅館まで取りに行って来るんだからさ」
「ん…――解った」

 政宗はうっすらと瞳をあけて見上げた。だが其処に映るのは慶次の横顔だけだった。それから彼が茶碗を片付ける音を聞きながら、そのまま眠りに落ちていってしまった。
 かたかた、と誰かの動く音が響いていたが、それも聞こえなくなる。すると政宗はころりと顔だけを横に向けて、ふう、と吐息を吐いた。
 まだ昼にも差し掛かっていない――かちかち、と小さく時計の針の音が響いていく。

 ――ふわ。

 不意に誰かが、政宗の瞼に触れてきた。だが眠りが深く、身体を起こすことが出来ない。

 ――誰だ?

 ゆさ、と肩を揺すられる。でもただ、うんん、と唸るくらいしか出来ない。

 ――風邪、ひくぞ。

 優しく耳元に囁かれた。その声が彼のものだと直ぐに気付いた。だが政宗は飛び起きることも出来ず、ただ眠りに身体を任せるだけだった。

 ――放っておけよ、眠いんだ。

 毒づくようにそれだけ言うと、肩にするりと逞しい腕が差し込まれる。それと同時に鼻先に、ふわ、と彼の――微かな、他人の匂いが触れる。寄り掛からせるように、大きな掌で頭を抑えられ、そして軽々と持ち上げられてしまう。

 ――軽いなぁ、お前。

 ふふ、と笑う声に、煩い、と憎まれ口を叩きたくなる。だが政宗は他人の温もりに、そっと身をを預けるだけだった。

 ――片倉…このまま、抱き締めてくれたらいいのに。

 移動しているのがわかる振動に、そんな風に感じる。だがふわふわとしていて、もしかしたら此れは夢ではないかとさえ思ってしまう。
 きい、と部屋のドアの音がして、柔らかい布団の上に横たえられても、政宗はそのまま瞼を開けることが出来ないでいた。










「政宗、眠っちゃってたでしょ?」

 部屋のドアを開けて外に出ると、ジーンズの裾を捲くった姿の慶次に鉢合った。慶次は今まで風呂場の掃除をしていたらしい。

「良く寝ているからな。そっとしておいてやれ」

 小十郎が閉じたドアに背中を預けて腕を組む。すると慶次は前に進み出てきた――しかし、彼にしては剣呑な、下から突き上げるような視線を向けてくる。

「――そのつもりだけど…片倉センセ、どういうつもり?」
「――…?」

 小十郎が正面から、挑むような慶次の視線を受け止めていると、慶次はドアの奥を指し示すように顎を向けた。

「振っておきながらさ、気を持たせるような事して。余計に政宗の傷を抉りたいの?」
「違う。俺は…――」

 慶次の言葉に反論しかけた瞬間、ちゃらら、と慶次の携帯が鳴った。慶次は着メロに直ぐに反応して確認する。

 ――カチン。

 軽い音を立ててスライドさせていた部分を仕舞いこみ、慶次が溜息を付く。旅館に来いとの呼び出しだったようだ。

「やっば。まつ姉ちゃんからだ」
「早く行ってやれ」
「うん…あ、先生」

 くる、と踵を返した慶次を見送っていると、彼が階段のところで振り返った。振り返るに合わせて背中の髪が、ふわり、と後をひく。小十郎はドアに凭れたままだった。

「何だ?」
「後で、今の話の続き、聞かせてね」

 す、と一瞬瞳を眇めて慶次は、次の瞬間にはにこりと微笑み、そして階段を下りていった。
 とんとん、と彼の足音が遠ざかっていく。

「答えられるのなら、な…」

小十郎は額を押さえるようにして溜息まじりに呟いていった。




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2009.09.26.Sat.20:23