Cherry coke days





 いつもは起きないような朝早くに、隣で寝息を立てていた幸村が飛び起きた。釣られて政宗も目を覚ますと、彼はラジオ体操をするという。

「お前、いつもそうなのか…?」
「はい。しかしラジオ体操まで時間があります故、利家殿と野駆けを約束しておりまして」

 幸村は既にぱっちりと目を覚まして、シャツを着込む。そして額に鉢巻をぐいと結んだ。政宗はそれを着替えながら眺め、そう云えば昨夜利家が言っていたな、と思い出す。

「野駆け…ああ、日の出と共に野山を駆け回るって…」
「俺はパスね。まだ寝る〜」

 ひらひら、とベッドの中から慶次の手が動く。彼はまだ眠りを貪るつもりらしい。政宗はとりあえず外に出てみようと、欠伸をしながら幸村に続いて階下に下りた。
 まだ時計は午前4時を指している。しん、と静まっているが、よく耳を済ませると、炊事の音がしていた。まつはもう起きているらしい。

「では行って参ります、政宗殿ッ」
「おお、行ってこいや…」

 くあ、と欠伸をしながら利家と幸村を見送り、政宗は朝の空気を吸い込んだ。
 冷たい山の気に当てられた空気は独特の香りを放っており、吸い込むだけで肺の中が洗浄されていくような気がしてくる。

 ――そういえば、畑、こっちだったっけ?

 朝の散策も悪くない、と政宗が歩き出す。小川の流れが、さらさら、と涼やかな音を立てていた。それを越えて奥に行くと自分の背丈ほどにまで伸びたトウモロコシを発見する。  
 更に里芋の葉っぱに朝露が乗っているのを、指先で動かしてみてから、更に奥へと足を進めた。

「あ…――…ッ」

 不意に政宗が足を止めると、畑にしゃがみこんでいた人影が動く。籠にトマトときゅうり、それにピーマンが乗っていた。見て見れば左の頬は少しだけ腫れが引いたようだった。
 政宗が畑の畝の入り口で立ち止っていると、彼の方から声をかけてくる。

「おはよう、伊達」
「お…おはよう、ございます」

 ぺこ、と政宗が頭を下げる。下げたまま頭を起こせずにいると、小十郎は不思議そうに声をかけてきた。

「改まってどうした?」
「だって…――」

 言い澱みながら顔を背ける。目の前の小十郎はその場に立ち上がっただけで動こうともしていなかった。その足元をただ離れた位置から見つめることしかできない。

 ――どんな顔すればいいのか、判らない。

 何を言ったらいいのかも解らない。ただ、胸がとくとくと小さな鐘を打ち出すのだけは、いつもと変わりがなかった。

 ――ぱき。

 政宗が口を利けずにいると、軽く何かをもぎ取る音がした。その音に顔をあげかけると、目の前に小十郎がそれを放り投げるのが映った。

「ほらよ」
「わっ!」

 受け損なわないように、政宗が両手を前に伸ばしてそれを受け取る。手にずしりと乗るのは、真っ赤に熟れたトマトだった。

「今とったトマトだ。食べてから来い」
「――…ッ」

 畝を歩いて小十郎が近くに迫る。そしてすれ違い様に、くしゃ、といつもと変わらずに政宗の頭を撫でて行った。
 振り向くことも出来ない――だが、彼の足音が遠ざかるのは聞こえていた。政宗はゆっくりと手に乗っていたトマトを鼻先に近づけた。
 くん、と香りを嗅ぐと、まだ青い匂いが残っていた。それに思い切り噛み付く。

 ――がぷ。

「甘い…――」

 呟いてから、ずきん、と胸に痛みが走る。そのまま嗚咽が咽喉をつきやぶって零れ出てきそうだった。
 小十郎の手の感触が、まだ残っている。彼の声が耳に響く。

「ばかやろ…余計、忘れられないじゃねぇかよ…優しく、すんな…ッ」

 でも本当はもっと優しくしてほしい。彼の特別になりたい――そんな気持ちが胸の中に嵐のように湧き上がる。
 じわりと歪んだ視界を、ただ誤魔化すように政宗はトマトに齧り付いて行くだけだった。






 →40







2009.09.23.Wed.18:10