Cherry coke days 前田のペンションの中には四部屋あったが、ひとつは小十郎に、そしてひとつは唐突な客に対応したいとのことで、政宗たちは二部屋を使わせて貰う事になった。 部屋の前で唐突に慶次がルーズリーフを取り出し、あみだを書き込んでいく。それに、夫々が線を入れ込み、そして部屋割りが決まった。 「だから…どうしてこんな部屋割りになる訳よ?」 どさ、と荷物をベッドの上に放り投げて佐助が肩を落とす。真ん中のベッドには佐助、そしてその右隣のベッドの上に腰を下ろして元親が伸びをする。 「がっかりしても仕方ねぇだろうが。あみだでこうなったんだし」 「うぅ、旦那ぁぁ……」 ごろん、とベッドの上に転がって佐助が顔を手で覆う。かかか、と元親は横で項垂れる佐助を笑い飛ばした。 すると二人のいるベッドの奥――少しだけ奥まった処に、応接セットがあり、それを挟んだ側にあるベッドに腰をかけて荷解きをしていた元就が、きっと背後を振り返った。 「めそめそと煩いわッ。我らは受験生であろうが。心置きなく邪念を祓い、勉学に勤しめば良かろうッ」 「ほら、元就もああ云ってるしさ」 カートを広げる元就の荷物は半数以上が菓子類だった。その中からごそごそと暗記物を取り出して、元就は佐助の目の前に放り投げてくる。 「旦那と一緒が良かったなぁ…」 「いつも一緒だろうが。それに此処でお前らにいちゃつかれたら堪ったもんじゃねぇよ」 「元親ちゃん…――意地悪だねぇ」 「何とでも言えや」 横になりながら元親はふかふかの布団の上で楽しそうに身体を伸ばしている。そしてその奥では元就が既に菓子袋をばりりと破って、もそもそと口に運んでいた。 その様子を見ながら、佐助は大きな溜息を付いていった。 一方、佐助たちの部屋の向かい側に位置する部屋では、残りの三人組が中央のベッドの上に座り込んでいた。 「わーい、幸村と同じ部屋だぁ」 「慶次殿、頬が腫れておりますが…」 両手を組んで喜ぶ慶次に、幸村はちらちらと視線を投げていく。それもその筈で、慶次の頬には平手の痕が、くっきりと残っていた。先程彼が小十郎に殴りかかった後に、鉄拳制裁とばかりにまつの平手が打ち込まれたのだった。 「いいの、いいの、まつ姉ちゃんにはいつもされているから」 「バイオレンスだな…」 紅くなっている頬を幸村と同じように見やって、政宗が眉を下げる。真ん中のベッドは政宗が使うことにし、その左隣を幸村、そして右隣を慶次が使うことにしていた。 中央のベッドの真ん中に胡坐をかいて座る政宗の左に、膝を寄せて幸村が座り、反対側に慶次が腰掛けている。 それだけで、ふかふかのベッドは時々、ぎしり、と音を立てていた。政宗が自分の足首に手を添えると、覗き込むようにして慶次が身体を屈めてきた。 「政宗、大丈夫?」 「――大丈夫だぜ?」 直ぐに答えると、慶次は真顔になり、そして政宗の額に拳をこつんとぶつけた。 「馬鹿」 「――――…?」 「政宗殿、泣き出しそうでござるよ?」 幸村にも顔を覗きこまれて、政宗は驚愕に瞳を見開いた。自分では装っているつもりでも、そうは見えなかったらしい。そうか、と幸村に聞き返すと彼は軽く顎を引いて頷いた。 「泣きなよ、見てない振りしてあげるからさ」 ぐい、と強く慶次の胸元に頭を引き寄せられていく。そうされると、思わずじわりと目頭が熱くなってきた。 ――向かいの奥の部屋には、片倉がいる。 こんなに近くにいるのに、彼とまだ言葉を交わしていない。あの日に別れてからまだ一度も、彼と言葉を交わしていない。 ――まだ、好きなのには変わりないし。 そして振られたことにも変わりは無い。政宗は自分から身体の力を抜いて、こつ、と慶次の胸元に頭を寄せた。 ――ばたんっ 「――――ッ!」 急にノックもなしにドアが開かれる。びっくぅ、と身体を揺らして三人ともが、目の前のドアの向こうに顔を向けると、勢いよくドアを開け放ったばかりの佐助が其処にいた。 「あ、ごめ…お邪魔だった?」 「違ッ…!な、何の用だよ?」 ぐい、と慶次を押しのけると、ドアに頭をぶつけそうな元親が、首を竦めて中を覗きこんできた。 「ご飯、もう少しで出来るから来いって、利家さんが」 「今行くッ!」 がば、と幸村がベッドから飛び上がった。するとスプリングが利いて、思い切り政宗がベッドの上で跳ねた。 「うわぁっ!」 「危ないってば!」 ぼふぼふ、と慶次も反動でベッドの下に滑り落ちる。それを外から指差して元親が高笑いをしてくれた。急いで立ち上がってドアに向かうと、先に行くぞ、と元就がすたすたと階段を下りていくのが見えていた。 政宗はドアから出ると、ふと足を止めた――そしてはす向かいの奥の部屋を振り返り、そして再び前を向いて階段を下りていった。 →38 2009.09.22.Tue.20:33 |