Cherry coke days 水の中で散々遊んだ後、小川と道路の境に座りこんでいると、陽気のせいか濡れた服も乾いてきていた。 「そろそろ行くかぁ…もう慶次も到着する頃じゃないか」 「そんなに油を売っていたのか」 重くなっていた腰を上げ、うーん、と伸びをする。そして脱ぎ散らかしていて靴を履きこむと、政宗は改まって皆に云った。 「皆、ありがとうな」 「うん?どうしたよ、政宗。急に改まって」 元親が捲り上げていた裾を元に戻しながら、きょとんと目を見開いた。政宗は皆に改まるのが気恥ずかしく、たどたどしく――緩慢になった。 「だってよ、今回のこの旅行だって…そもそもは俺が…」 「気にするでない。気にする必要など、何処にもないぞ?」 カートの上から腰を下ろし、読んでいた本を閉じると元就が涼しげに胸を張る。そして先程の元親のように腕を天に伸ばして伸びをする。 「ま、夏はまだあるんだしさ。どうするかは直ぐに決めなくてもいいじゃない?」 まだ足をぶらぶらと動かしている佐助が、座ったままで反り返って政宗を仰ぐ。その隣では幸村が靴紐を結びながら頷いていた。 ――良い奴らだよな。 じいん、と胸が熱くなる。思わず視界が歪みそうになったのを押し留めて、政宗は「ありがとう」ともう一度云った。 みーん、みーん、と蝉がその声に合わせる様にけたたましく啼いていく。まだ強い日差しの下で、政宗はほんわりと笑みをその顔に乗せていった。 暫く歩いていくと家の並びが変わってくる。そして家々の背後に大きな山が見え始めていた。この辺りの者たちの所有する山だろうか――反対の山々には、ところどころ明かりが見えており、其処が温泉宿の並びだと予想された。 温泉宿への入り口の町――そこに政宗たちは向かっている。 「すっげぇな。裏、ほぼ山だぜ?」 「あ、あれでござろうか?」 元親が感嘆の声を上げると、地図を覗き込んでいた幸村が前方を指差した。幸村の指差す先にはログハウス風の家が建っている。そして例に漏れず其処に渡るまでに小川が流れており、その流れは家の裏まで続いているようだった。 特に大きな看板があるわけでもない――地図とその家を見比べていると、す、と裏から人が回ってきたのが見えた。空かさず元親が手を上げて声をかける。 「すみません、此処って…――」 駆け寄りかけた元親の足が止まった。揚げていた手が、前方の人物に向かって指差される。 「あ…――ッ」 相手も元親たちに気付いて唖然と口をあけた。彼は手にざるを抱えて――その中には夏野菜が入っていた――此方に向かって立ち尽くしている。 「え、えええええ?か、片倉?」 「嘘ッ、なんで先生が此処に?」 元親が指差していた手を額に当てる。その背後から駆け寄ってきた佐助が驚いたように、声をあげる。 「それはこっちの台詞だ」 小十郎も驚いたようで、まだ呆気に取られている。一番後ろから着いて行っていた政宗は、彼の姿を見つけた瞬間、足が動かなくなっていた。 ――なんで、居るんだよ? ただ立ち尽くしていると、背後から風が走った。 「え…――」 風と思った瞬間、政宗の視界に見慣れた長い髪がなびいていくのが映った。そして彼は止める間もなく、突進して行く。 「――――ッッッ!」 ――バキッ 鈍い音と共に小十郎が吹き飛ばされる。駆け込んできた人物に元親も佐助も気付くのが遅れ、飛ばされた小十郎を受け止められなかった。 「あんた、何でこんな…此処にいるんだよッ」 「え、慶次?」 元親がやっと首を廻らせて彼――慶次を確認する。背後から駆け込んできたのは慶次だった。息を切らせて、怒声を響かせている。 「あんたのせいで、政宗が…――っ、どれだけ政宗が泣いたと…ッ」 「やめろ、慶次ッ」 尚も腕を振り上げる慶次を背後から羽交い絞めにして元親がとめる。元親の体格でやっと慶次を止められると言うものだ。 「離してよ、元親ッ!もう一発くらい殴らないと…ッ」 「だあああ、落ち着けッ、馬鹿ッ」 元親が止めている間に、佐助が飛ばされた小十郎の元に駆け寄り立ち上がるのを手伝う。見れば口の端が切れて血が滲んでいた。殴られた場所は赤くなり、腫れるだろうと見受けられた。 だがそれを政宗はただ動けずに見つめていた。本当ならば、駆け寄りたい――でも足が動かない。尻込みしてしまっているのは解っている。それなのに動けない。 ――駄目だ、どうしよう…どうしたら良いんだよ? 尚も暴れる慶次に、元親が助け舟を求めた。 「おい、元就、お前も手伝えッ」 「殴りたいのならやらせておけば良かろう」 「慶ちゃん、慶ちゃん、落ち着いてってッッ!」 元就が動かない事もあり、佐助が止める手伝いに掛かる。だが、ぎゃあぎゃあと騒いでいる自分たちを一喝する声が響いた。 「慶次ッ!」 凛とした声が響く。 その声は政宗の背後から聞こえた。するとその声に、びく、と慶次の動きが止まった。すたすたと歩んで行くのは、きりりと眉を吊り上げた女性だ。 「何ですか、貴方と云う子は…ッ。お客様に殴りかかるなど言語道断ですッ!」 「え…客?」 慶次が動きを止めて彼女を振り向く。 「そうですよ、片倉様は私達が呼んだお客様です」 ――ぐいッ 慶次の傍に来たかと思うとその女性は慶次の耳を引っ掴んだ。 「あ、あたたたた…ッ、ま、まつ姉ちゃんッ」 「ほら、謝りなさいッ!」 ぐいぐいと慶次の頭を下げさせるために、思い切り耳を掴んでいる。その勢いには皆動けなくなった――と、言うよりも慶次の動きが止まった。 小十郎は「気にしなくて良い」と言いながら、殴られた頬に手ぬぐいを当てて行く。とんだ騒ぎとなったが、ふいに小十郎が政宗のほうへと視線を投げ――そして逸らすことなく、じっと此方に向かっている。何かを云いかけ、そしてまつに促がされて――名残惜しそうに肩越しに振り返って小十郎は先に中に入っていった。 その間、ずっと政宗は動けずにいた。幸村が傍に来て促がすまで、ずっと政宗はじっと動けずにいたのだ。まさか、こんな所で彼と向き合うなんて思わなかった。 「恨むぜ、神様…――――」 政宗の呟きは蝉の声に掻き消されていった。 →37 Date:2009.09.21.Mon.17:24 |