Cherry coke days 早々に弁当を食べ終え――といっても、殆どを食べきれずに残すと、横から元就がひょいひょいと口におかずを取っていく。 ――落ちつかねぇ…こいつらの間に挟まれるって、ある意味拷問だ。 政宗は何度目かになる溜息をついた。片や元就と元親、そして片や佐助と幸村――彼らの遣り取りが暑苦しく思えてきていた。 ――どうせ、俺だけ…余り者だし。 頬杖をつきながら、政宗は再び大き目の溜息をついた。 さらりと滑り出した新幹線に構わず、隣でもくもくと弁当をつつき出す元就に甲斐甲斐しく元親が手拭を差し出したり、茶を差し出したりしている。 「なんか元親って…世話女房みたいだな」 「どこの口がそんな事云うのかな、政宗ぇ?」 窓際から首を寄せて元親が凄む。だがそれに対して否定もせずに、ただもくもくと食べ続ける元就は、政宗の頭を後ろから引っぱたいた。 「世話女房ではない、下僕だ」 「ちょ…――ッ!元就、云って良い事と悪いことがあるぜ?」 「ぶふ…っ!元親、尻にしかれてんだ?」 あははは、と笑い出すと元親が隣の元就に噛み付きかける。だがそれも政宗の横からの幸村の声に遮られた。 「そんなこと云う佐助は嫌いでござるッ!」 「え…ちょ、旦那?」 佐助を押しのけるようにして幸村が飛び出す。そしてデッキに向かって走っていった。それを見送りながら、元親が呆然としている佐助に声をかけた。 「佐助〜、何した、お前?」 「え?ああ…――ええとね、大将の話してたんだけど」 「大将ぅ?」 「旦那のお祖父さんね。大将は良いって云ってくれたんだけど、俺、大学に行ってもいいのかなぁ…って、そういう話」 「へぇ?で、へそ曲げたんだ?幸村」 ――そういう事。 こくり、と佐助が頷く。よくよく考えてみれば、佐助は彼の家に住み込みで働いているようなものでもある。当然の悩みなのだろうが、佐助は大して困っている風もなかった。 だが佐助は幸村の後を追って行こうとはしない。それに気付いたのか、元就が隣の元親を突いた。 「はいはい、解ったよ。おい、政宗、足どけろ」 「ん」 言われるままに組んでいた足を避けると、元親が奥から出てくる。すれ違い様に、政宗の頭をくしゃりと撫で回していく。そして元親は頭をがりがりと掻きながら、背後のデッキに向かって出ていった。 「いいのか?元親に行かせて」 席の隣から政宗が佐助に声をかけると、佐助は「うん」と頷いた。 「旦那はまだ…まだ幼いっていうか、若すぎるから、解らないこともあるんだよ。当たり前に全てを受け入れられないってこと、信じられないんだろうね」 「ふぅん…――で、お前は追わないの?」 「俺様が追いかけたら、余計に逆効果だって」 はは、と寂しそうに眉を下げて佐助が笑う。その顔を見つめてから、政宗はポケットから飴をひとつ取り出して佐助に渡した。 「何これ?」 「んー…何となく、な。お前も苦労人だよな」 政宗が溜息を付きながら云うと、まぁね、と佐助は頷きながら飴の袋をがさりと開けて口に放り込んだ。 そうしている間に車掌が傍に来る。その瞬間、すっと元就が立ち上がり、何かを話していた。そしてそれと同時に背後から幸村を連れた元親が現れる。幸村は少しだけ鼻を、すん、と鳴らしていた。元親が席に戻るのか、政宗の横に立った――足をどけようと動きかける。 ――くしゃ。 「――――ッ」 元親が政宗の頭を撫でて行く。そして元就を跨ぎこむと腕を伸ばして自分の荷物を取り、元親は幸村に声をかけた。 「幸村、こっち来い」 「元親殿?」 元親は前の三つ並びの席の真ん中に自分の荷物を置く――そして幸村の背を押して窓際に押し込めた。 「ちょ、どうしたっての?」 佐助が立ち上がる。すると座席の背に凭れかかって元親が佐助の額を、ぺし、と突いて魅せた。 「暑苦しいんだよ、馬鹿ッ。空気、少し読めよな」 「でもさぁ…――」 「いちゃつくんなら他でやれよ、ガキ」 「そういう事いうわけ?手も出せないでいるくせに」 「うっせぇよ」 べえ、と元親が舌を出す。だが二人とも険悪という訳でもなく、佐助は「やれやれ」と荷物を移動させていく。そして政宗の前に佐助が座ると、窓際にいた幸村が二人を交互に見合わせて顎先に手を添えた。 「ん?どうした、幸村……」 「何やら…某よりも、元親殿との方が分かり合っているようで…」 ひょい、と元親を挟んで佐助が顔を出す。 「あ、妬ける?」 「ばばば馬鹿者ッ!誰が、妬くなど…ッ」 ばしばし、と何故かとなりの元親の肩を幸村が叩いていく。その様子に呆気に取られながらも、政宗はぼんやりと眺めていた――所詮は他人事だ。 ――面倒臭ぇ奴らだよなぁ…。 そう思っても、時々羨ましくも感じてしまう。何度目かになるか解らない溜息をつくと、きゅ、とペットボトルの蓋が閉じる音が隣から聞こえた。 「伊達」 「ん――…?」 「行くぞ」 「え、ええ?」 ――ぐいッ。 急に立ち上がった元就に腕を掴まれる。何が何だか解らないうちに立ち上がらせられると、元就は政宗を引っ張ったまま、涼しい顔で前に座っていた元親に言付ける。 「元親、後は任せた」 「オ――ケェ――ッ」 はらはら、と腕だけを振って元親が了承する。付け加えるように元就が、我と伊達の荷物も良く見ておけ、と付け加えた。 元就に引き摺られて行った先はグリーン席だった。いつの間にか、元就は席を取っていたらしい。 「気ぃ、使わなくても良かったのに」 「我が苛ついただけよ」 「――――…」 横を向いて云うと、元就は構わずに持ってきていた本を膝の上に置いた。グリーン席は人が少なく、静かだった。その静寂の中で、柔らかく元就が言葉を発する。 「少し、静かに過ごすも悪くなかろう?」 「元就…――」 「疲れているのなら、寝ろ。着いたら起してやろう」 「何で?」 くしゃ、と横から手を伸ばして、元就が政宗の頭を撫でた。撫でられたところに手を置くと、口元を僅かに上に動かして――横目で、ちら、と政宗に視線を送ってきた。 「寝ていないように見受けたからな」 ――目の下に。 指摘されて政宗は、ごし、と自分の目元を擦った。そして軽く頷きながら、ここ数日を思い出していく。時々、思い出しては泣き続けてきていた。眠れなくなる時もあった。それを全て見透かされてしまっている気がした。 「――サンキュ」 ぱら、とページを捲る音が耳に届く。静かさに、じわり、と涙が出てくる。 すると、立て続けにくしゃくしゃ、と頭を撫でられた。優しい元就の気遣いに、ふふ、と口元を綻ばせると、元就は「何か飲むか」と聞いてきた。それに頷いてから、政宗はゆっくりと瞼を下ろしていった。 →34 Date:2009.09.15.Tue.22:58 |