Cherry coke days 自宅にいるよりは気分転換になると思って、小十郎はカフェに足を向けた。そしてPCを開いてキーを叩いていく。新学期に必要なものはほぼ全て打ち込んである。 ちら、と画面の端のひとつのアイコンを見つめ、それを開いた。 ――好きなんだ。 真っ直ぐに向けられた好意――それを思い出す。そういえばこのカフェに彼とも来たな、と思いだして溜息を付いた。 ――恋人になりたいって思うくらい… そう言った彼の顔は純粋に人を恋うる顔だった。そんな風に誰かを好きになる――小十郎にとっては既に通過してしまった時期だ。 小十郎はキーを叩く手を止めて、ラテに口をつけた。熱く、ミルクの濃い味が咽喉を流れていく。 ――もっと良い言い方、無かったのか。 即座に断った自分に嫌気が差す。だがPCの画面に開かれている文書を見つめると、どうしようもない、とも思ってしまう。 ――俺だって、気になっていたのに。 一緒に居ることが苦痛でもなかった。誰か映画に誘えよ、と二枚のチケットを渡された時、彼以外に一緒に行きたいと思う人は浮かばなかった。 ――可愛いと、思うときだってあったのに。 そう思い立って、ぐしゃ、と小十郎は自分の髪を掻きあげた。すると不意に携帯が動き出す。 「はい?」 「久しぶりだな、片倉ッ」 「ああ、利家か。どうした、珍しいな」 電話の主は前田利家だった。ふと彼の甥の慶次が頭に浮かぶ。小十郎と利家、そしてまつは同じ大学の出身だった。卒業してからも交流があるが、ここ二年は忙しさにかまけてご無沙汰になっていた。 利家が気遣うように聞いてくる。 「まだ忙しいのか?」 「そうでもないさ。一応、盆休みはある」 かたかた、とPCを手繰り、電源を落とす。電話口では利家の明るい声が響いていた。 「なら、遊びに来ないか?今、まつの実家に来ていてな。まつは旅館に手伝いに行ってしまうが、こっちは空いているし」 「旅館…かき入れ時だろ?お邪魔してもいいのか?」 実家は家族ぐるみで――と云うか、親戚ぐるみで旅館を経営している。夏の間は時々彼らも手伝いに行ってしまう。 「家の方は暇だ。当然といえば当然だが、部屋ならあるッ」 「利家、暇なんだろう?」 「む、解るか?」 利家の声が曇る。だが小十郎は、それもいいかもしれない、と思い出す。 「じゃあ…行こうかな」 静かな自然のある場所だ。以前にもお邪魔したことはある。其処でゆっくりと過ごせば、憂さも――悩みも、吹き飛ぶような気がした。 小十郎が承諾すると、早々に利家が日程についてを話し出した。 慶次が皆を誘った処、結局いつものメンバーが顔を合わせることになった。待ち合わせの駅で政宗がボストンバックを肩にかけながら辿り着くと、既に元親と元就が来ていた。 見れば元親の手元に、到底自分たちの分とも思えない弁当の山が出来ている――たぶんあれは全て元就専用だろう。 「よう、政宗。遅刻しなかったな」 「伊達、訃報がある」 「おう、元親、当然よ。ってか、え?何?何だよ、訃報って」 顔を見せるなり、元親と元就が一気に喋る。それに手を上げて挨拶をしながら、物騒な物言いをした元就に問う。元就はペットボトルの茶を飲みながら――カートに座っている姿がちょこんとしているが――見上げながら静かに言った。 「前田がな、遅れて来ると言うのだ」 「はぁ?」 「バイトが抜けられないとかでさ、夕方にならんと来れないんだって。だから俺達が先に行ってることになった」 詳細を後ろから元親が説明する。 ――発案者の癖に。 がく、と肩の力が抜けるようだった。政宗が「解った」というと、元親がチケットを渡してくる。こういうところは元親の方が頼れるな、とチケットを受け取りながら思った。 「あ、もう来てるッ!ごめん、ごめん、遅れてッ」 「申し訳ござらんッ」 三人で待ち合わせ場所で頭を突き合わせていると、佐助と幸村が駆け込んできた。はあはあ、と息を乱す彼らに元親は甲斐甲斐しく飲み物を勧めた。 そして交互に挨拶を交わしていく。 ――あれ?こいつ…… 政宗がふと幸村に目を留めてから、ハッと気付く。確か前に慶次と一緒に歩いていたのを覚えている。まともに会話をしたこともないが、とりあえず「小煩い」という印象を一方的に感じたのだけは覚えていた。見覚えのある顔に、ふむ、と頷いていると幸村が進み出てきた。 「初めまして、伊達殿」 「ああ、そっか。幸村と政宗は初対面か」 元親が気付いて政宗を前に押し出す。すると佐助が小首を傾げた。その横でカートに座りながら元就が、こくこく、と頷いていた。 「そうだったっけ?政宗と旦那って初対面?」 「そう…本当は花火の時に、って慶次が言っててさ」 元親と佐助が話している間に、ぽん、と政宗は手を打った。そして幸村を指差す。 「やっぱり、あんたか!佐助の相手って」 「な…――――ッ!!」 ぼん、と瞬時に幸村の顔が火を噴いた。その様子に佐助も慌てだす。 「ちょ、何言い出すのッ!」 あわわ、と紅くなってうろたえる幸村を宥めながらも、間違っていないけどね、と念を押す佐助に幸村の肘鉄が入る。 それを眺めながら政宗は、ケタケタ、と笑った。そんな顔合わせをしている間に、元就が静かに元親の服を引っ張る。 「そろそろ、ホームに行くとしよう」 「え、でも…こいつら、置いていけないでしょ」 「勝手に付いて来るから気にするな」 とん、とカートから降りて元就がそれを引いて歩き出す。それを目で追ってから、元親が振り返る。 「おい、お前ら、そろそろ行くぞ」 元親の声に三人が、あ、と声を上げる。そして荷物を持つとそれぞれ改札に向かっていった。 →32 2009.09.06.Sun.16:53 |