Cherry coke days 出された課題を手に、放課後に社会科準備室に顔を出す。外から中を覗き込むと、他に教師は居らず、窓際の席に座っている小十郎の背中が見えた。 だが政宗が居る事に気付かないようで、ぴくりとも動かなかった。 「先生……」 声をかけてみたが、やはり気付かないようだ。政宗は後ろ手にドアを閉めると、ゆっくりと彼の近くに行く。 すると規則正しい呼吸が聞こえ、政宗は「まさか」と思いながら少しだけ覗き込むように身を屈めた。 ――すぅ、すぅ、 見れば小十郎は転寝をしている。頬杖をついて、片手にはペンを持ったままで寝ていた。その姿に思わず笑いがこぼれそうになった。 ――無防備に寝てる。 政宗は口元に手を当てて、含み笑いが漏れないように気をつけた。こんな風に無防備に寝ている顔を見せる彼に、胸が躍る。意図したわけではないだろうが、政宗の鼓動はとくとくと音を立て始めていた。 ――かわいい。 自分よりも年上の――それも教師に向って思う感情ではない。それは解っているのだが、どうしてもそう思ってしまった。 いつもは寄せられている眉間は、皺も刻まずに其処にあり、すっと通った鼻梁と、薄く開いた口元が呼吸のたびに微かに揺れ動く。 口元から、時々白い歯が見えていた。 ――触りたい、すっごく触りてぇ…。 むず、と欲が政宗の胸内に広がる。今なら彼に触れられる。気付かれず――もし気付かれても、寝ていたのを起こしただけだと言い訳も出来る。 そろ、と政宗の手が小十郎の背に向って伸びかけた。 ――カラ… 「――――…ッ」 ふと静かにドアが開く音がした。伸ばしかけた手を引っ込め、政宗はその音のほうへと首をめぐらせる。不意の訪問者に内心ではかなり驚きながらも、平静を取り繕った。見ればドアの間から金色の髪がゆれていた。 「…なんか用かよ、かすが」 「あ、上杉先生は…?」 「知らね。もう居なかった」 「ふぅん…――邪魔したな」 きょろ、とあたりを見回し、彼女は静かにドアを閉めた。彼女が姿を消したことで再び静寂が訪れる。そして政宗は小十郎のほうへと視線を流すが、まだ彼は寝たままだった。その事にホッとしながらも、なんで起きないんだ、と呆れてしまう。 「――……」 政宗はそっと傍にあった椅子を手繰り寄せて座ると、背もたれに腕をついて屈みこむようにして彼を覗き込んだ。 ぐら、と彼の頬杖が揺らぐ――だが彼はそのまま、こっくりと船を漕ぐだけだ。 政宗はじっと見つつも、そっと指先を伸ばす。そして頬に触れてみた。 ――起きねぇな… 課題を彼の机の横に置き、政宗は立ち上がると再び小十郎の背後から覗き込んだ。そしてそっと顔を近づける。 ――起きないで、くれよ。 祈るように彼の方へと顔を近づける。出来心といえばそうだ――胸が破裂しそうなほど、どくどくと鳴って煩かった。近づくと呼吸で気付かれまいと、息も止めてしまった。 ――ふ。 触れるだけのキスを彼の頬に落とす。柔らかい頬の感触――それを唇に感じ、政宗は勢いよく離れた。 「――――…ッッ」 口元を押さえ、気付かれないように動くとドアの方へと向った。自分でも何でそんな事をしたのか。衝動に任せてしまったとしかいえない。 ドアに手をかけ、あけようとして踏み出す。 「――伊達?」 「――――ッ」 びくん、と背中に衝撃が走る。今の今まで寝ていたはずの人間の声が、背後からしたのだ。政宗は振り返ることが出来なかった。じわり、と厭な汗が噴出しそうになる。 「ああ、すまんな。寝ていたみたいだ。課題…」 「そこ、置いておいたからッ」 「え、ああ……おい、伊達?」 「じゃあなッ」 背中から引き止める声が響く。だがそれを振り切って政宗はドアを勢いよく開けると飛び出した。 追ってくることは無い――ただ自分ひとりが慌てている。それだけだ。政宗は振り返ることもせずに、ただ只管社会科準備室から遠ざかっていった。 →4 Date:2009.06.08.Mon.16:59 |