Cherry coke days 政宗の誕生日を祝った後、花火の会場へと足を向けた。陽が落ちてきている川縁には人が集まってきていた。 花火が見やすい土手側に移動しながら、場所取りをする。斜めになっている土手沿いに場所取りをしてから座り込むと、慶次は佐助の腕を小突いていた。 二人が何やらごそごそと耳打ちしていると思ったら、すっくと立ち上がる。政宗が二人が立ったことで見上げると、二人とも怪しいまでの笑みで土手を登っていく。 「俺達ちょっと屋台の方に行って来るわ」 「俺様も小腹空いたからさ」 二人の背中を見送っていると、慶次が携帯を取り出しているのが見えた。そしてそれと同時に、政宗の携帯が動く。ぱくん、と開いてみると慶次からのメールだった。 ――うまくやれよ。 「Shit…!慶次ぃッッ!!」 「前田からか?」 携帯をばたんと閉じてから政宗が振り向くが、既に其処には慶次の姿はなかった。余計な気を使いやがって、とも毒づきたい。 今ここで小十郎と二人になったら、何を話せばいいのか判らなくなりそうだった。 「前田、何だって?どうかしたのか?」 「あ、いや…――後で、屋台、見にいかねぇか?」 「いいなぁ…でも、もう直ぐ…」 小十郎が言いかけた瞬間、ひゅう、と笛のような音が響いた。その音に引き寄せられながら見上げると、ぱっと空に大輪の花が咲いた。 ――ドォォンン…バラバラバラ…… 空に咲く花を見上げて土手に座る。草の香りがやたらと鼻についてくる。 「綺麗なもんだな。こうして花火を見るのなんて久しぶりだ」 「そう…なのか?」 政宗が少しだけ小十郎のほうへと近づくと、彼は足を伸ばしたままで、にこりと口元に笑みを浮かべた。 「まぁな。この時期は研究で旅行に行くことが多かった」 「研究?」 「言ってなかったか?俺の専攻…」 「専攻?倫理かよ?」 ぶう、と唇を尖らせて聞くと、ははは、と小十郎は笑い、いつものように頭に手を乗せて、くしゃり、と政宗の髪を撫でた。 「違うって。社会学だ。だからフィールドワークが多くてな…」 そう語る小十郎の瞳がまるで自分達と同じのように見えた。少年性と青年への間にいるこの時期ならではの、まるで子どものような輝きをもった瞳だった。 ――やっぱ、好きだ。 政宗は隣の小十郎を見つめてから、草の茂る手元に俯いた。そして空に咲く花火を見上げた。次々と打ち上げられる花火に、周りが歓声を上げる。そして隣に居る小十郎と同じ時間を過ごせている――その事が嬉しかった。 ――どんな結末でもいい。こいつが相手なら… きゅ、と下唇を噛んだ。こんな誕生日は後にも先にもない。皆で祝ってもらって、好きな人にも祝ってもらって、そしてこうして花火を見ている。 これがいい結果になっても、悪い結果になっても、この日だけは忘れない。 「好きなんだ」 「え…――」 不意に呟いた言葉に小十郎が振り返る。政宗は俯いた顔を上げて、身を乗り出した。 「俺、お前が…好き、なんだ」 「伊達…――」 「好き、なんだよ。恋人になりたいって、思うくらい…好きなんだ」 「――――…」 驚いた、とばかりに小十郎の瞳が見開かれる。そして徐々に表情が硬くなる。その変化に政宗は、眉根を寄せた。 「片倉…?」 「ごめん」 「――――……ッ」 ぐ、と咽喉の奥が絞まる気がした。ぶわり、と背中が熱くなって、感情の波が押し寄せそうになる。そうしている内に、小十郎が立ち上がった。 「ごめんな、伊達。俺は…お前の気持ちには応えられない」 「――……」 見上げる先の小十郎はもう政宗を見つめてはいなかった。空を見上げ、そしていつものような柔らかい声で言う――だが、その最後が、震えていた。 「お前なら、俺じゃなくても、見てくれる人はいるさ」 ざ、と足を動かした小十郎に、政宗は呼びかけた。 「片倉ッ――…俺…」 「普通に、教師と…生徒でいよう?……な?」 ――くしゃ。 上から小十郎の大きな手が、ふわり、と政宗の髪を撫でていった。その手が離れる瞬間、小十郎が微かに泣き出しそうに、眉根を寄せたのが瞳に映ったが、そのまま彼は背中を向けていってしまった。 空には色とりどりの花火が、立て続けに大輪の花を咲かせていく。だが政宗の耳にはその音が届かなくなっていった。 程なくして明るい声で慶次が、土手に座ったままの政宗を見つけて駆け寄ってきた。 「あ、居た居た、政宗〜」 「――――…」 慶次は浴衣の裾を座り込むために重ねると、よいしょ、と声をかけて政宗の隣に座った。 「どうだった?花火、こっち見れただろ?」 「――――…」 政宗が応えずにいると、慶次は辺りをきょろきょろと見回してから、俯く政宗の顔を覗き込んだ。 「あれ?片倉は…って、政宗?」 「慶次……」 こつん、と政宗は慶次の肩に頭を乗せた。弱弱しく、泣き出しそうな、引き絞った眉根に皺が刻まれている。 「どうしたんだよ、お前…――――」 「は、ははは…」 「政宗……」 慶次が異変に気付いて政宗の肩を押す。すると政宗は肩を震わせてから笑いを浮かべた。そして右手で――元々、傷が出来て、見えていない右眼に掌を当てる。 「振られちまった…」 「――――…ッ」 ぐ、と慶次が詰まったのが解った。だが政宗はそのまま口から零れ出る告白を止められなかった。 「どうしよう、俺…それでも…」 今すぐにこの胸の焔を消すことなんて出来ない。まだ小十郎への想いが強くある。胸元に、目に当てていた手を下ろすと、ぐい、と横から慶次の腕が政宗の頭を引き寄せた。 「慶次?」 「泣きな、政宗」 「――――…ッ」 ぐっと自分の肩口に政宗の頭を押し当てて、慶次は前だけを見つめてきっぱりと言った。いつものような明るさはなく、真剣に――低く、優しい響きだった。 「今は思い切り、泣きな。恋は大切な気持ちなんだ。それを潰しちゃいけない。潰さないで、好きだって気持ちを大事にしないといけないんだ」 「――――…」 言われていると、ぐぐ、と咽喉の奥から嗚咽が漏れ出てきそうになる。 「今は思い切り、泣きなよ」 「う、ぅぅ…――――ッ」 慶次に抱きしめられながら、じわじわと左目に涙が浮かんできた。政宗は腕を慶次に回すと、場所も憚らずに慶次にしがみ付いて、声を上げて泣いていった。 その背後で、どぉん、と青い花火が夏の始まりを告げるように、一際大きく空に咲いていった。 →30 Date:2009.09.01.Tue.00:25 |