Cherry coke days





 屋台の並びを見て周り、もう一度戻ると元就は手元に、焼きイカ・焼きそば・りんご飴を抱えた。そしてずんずんと歩きながらそれらを食べていく。

「元就、ちょっと待て。どうせなら座って食えよ」
「――気にするな、もう終わる」
「ええ?」

 後ろから追いかけていく元親に元就は空になったパックを渡した。それを素直に受け取り、元親はゴミ箱に捨てにいく。すると次には串だけを渡され、再びゴミ箱へと向かってから戻ってきた。

「おいおい、俺ってなんな訳?」
「さて、なんだろうな?」

 ふふふ、と口の中で笑いながら元就は切れ長の瞳を眇めた。そして顎先を上に向けると、元親に「上がるみたいだぞ」と告げた。

 ――どんどん……バラバラバラ……

 最初のひとつが上がると歓声が上がった。音に釣られて元親も見上げる。ただ其処に立ち尽くして空に上がる花を見つめる。
 隣では元就が、かり、とりんご飴を齧っていた。

「なぁ…元就ぃ…――」
「何だ?」

 ――どん、どん、……パラパラパラ……

 次々と上がる花火に視線を奪われたままなのに、元親の手がするりと元就の手に絡まる。そして指先を絡ませてくると、ぎゅう、と握りこんできた。

「――――……」
「厭なら厭って言えよ」

 視線を空に向けたまま、元親が元就に告げる。繋がれた手を見つめて、それから元就は何事もなかったかのように、かり、と再びりんご飴に齧りついた。

「――言ったらどうする?」
「そしたら…覚悟も決まる」

 元親はやっと元就の方へと視線を動かした。その横顔に花火の紅い色が映りこんでいく。そして銀色の髪に、空の蒼や緑の煌きが映りこんでいく。
 元就はりんご飴の最後の一口を、かりり、と齧りながらそれを見上げると、指先をするりと離した。

「諦めるのか?」

 元親は頷くことも否定することもしなかった。ただじっと元就の方を見つめていて、その表情からは感情が読めなかった。

「諦める、のか?お前が」

 ぱん、と勢い良く空で花火がはじける。それを横目で見上げながら元就は溜息をつくと、元親から離れて屋台のほうへと向かった。

「少し待っておれ」
「――元就?」

 程なくして戻ってきた元就の手には、りんご飴と杏飴、それと飲み物があった。彼が屋台を廻ることなど予想できていたが、いつものように振舞われると決心さえも揺らぎそうになる。

「元就、あのさ…本当に厭なら言っていいんだ。今までさ、俺、お前に俺の気持ちだけ押し付けてきたから…」
「――そんな下らぬ事か」

 がさがさ、と元就はりんご飴の袋を外す。そして再び、それに齧りついた。

「だってさ…此処ですっぱり切られた方が、諦められる。今なら、ただの幼馴染に戻れそうな気が…」
「それは無理だろうな」

 ぴしゃり、と元就は切り捨てた。だが元親に別れの宣告をするでもない。隣でもくもくとりんご飴に齧りつきながら元就は空を見上げた。

 ――ぱん、ぱん、ぱん…

 細かい菊のような花火が上がる。その金色の光を見上げて元親もまた口を開いた。

「お前さ、ずっと童貞でいる気かよ」
「――唐突だな」
「だってよ、付き合うっていうのは、そういう意味もあるんだぜ?それ、解ってる?解って、俺に追わせてる?」

 ――如何なんだよ?

 思わせぶりな態度や、もどかしい関係の会話ばかりが続いていく。それに終止符を打つには、決別しかないような気がしてくる。
 だが元就は溜息をつくと、横に立つ元親を睨みつけた。綺麗に整えられた柳眉が、きゅっと上に上がる。強い口調で元就は挑んでくる。

「出来なければ、諦めるのか?」
「う……――ッ」

 元就の視線が強く、圧倒されそうになる。いつでも彼の存在は鋭利な刃物のように研ぎ澄まされたものだ――それを真に受けて、元親は言葉を詰まらせた。

「待つのでは、無かったのか?」

 ぐ、と元就の手が伸びてきて元親の胸倉を掴み上げる。この細腕の何処にこんな力があるのかと感じるほど、強く掴みあげられた。

「お前は、待つ、と言ったのではなかったのか?」

 間近に迫っている元就から視線を外せない。力押しでは負けない自信はあるのに、元就の前ではそれも形無しになる。

「――適わねぇな…くそっ」

 元親は、ふにゃり、と表情を緩めて降参した。すると引き寄せられた襟が、もっと強く引き寄せられた。

 ――ふ。

 かすかに、一瞬だけ頬に元就の顔が近づいた。そして左の頬に――死角になっている部分に柔らかい感触が下りる。

「――――…」

 元親が瞳を見開いて固まっていると、元就が襟を掴んでいた手を離した。そして、意地悪く口元を吊り上げると、顔を元親に近づけて告げた。

「望みは、薄くは無いぞ」

 それだけ言うと、元就はくるりと顔を元に戻し、空に咲く花火を見上げていった。元就の横顔をみつめ、そしてそろそろと元親は左の頬に手を当てた。

「え、あ……あの、元就さん?」
「なんだ?」

 触れられた――キスされた頬に手を当て、元就に呼びかけるが、彼は淡々としている。まるで挑まれたかのような気分に、元親は口元をにやりと吊り上げて、ふん、と鼻を鳴らした。

「――……いや、俺、絶対に諦めないからなッ。しつこく、しつこく、お前を俺に惚れさせてやるッ」
「期待している」

 ふ、と微笑みながら元就が手にしていた杏飴を差し出してきた。そして「これ好きだったろう?」と元親に向けてきた。
 それを受け取りながら、元親は再び元就の手を繋いだ。










 →29






Date:2009.08.31.Mon.23:22