Cherry coke days





 さらさらと静かに雨が降っていた。その音さえも耳に届かないくらいに、熱気に包まれていく。声が漏れてしまうと、必死で口元を覆う幸村の姿に、どうせならキスで塞いでしまえと、呼吸も出来なくなるくらいに唇を合わせていく。

 ――あ、駄目だ。呑まれる。

 佐助は身体を、ぐう、と折りたたむと、絡みつく幸村の腕に噛み付いた。そうすると甘噛みされたのが驚いたのか、組み敷いている筈の幸村が手を伸ばしてきて、ふわりと笑った。

 ――駄目、ホントに駄目だ。食われる。

 感覚が全て彼で埋め尽くされていく――そんな充実感なんて知らなかった。











 あんなに滴る程に汗が出ていた肌が、さらりと乾いていく。それでもまだ熱を帯びていて、布団の中で時々足を絡ませたりして悪戯を繰り返していった。

「身体…大丈夫?」
「ん…――思ったよりは」

 うつ伏せで――枕を抱え込んだ幸村が気だるく足を、ぱたん、ぱたん、と交互に動かしていた。それを隣で感じながら佐助も枕を抱え込む。

「どんな感じ?」
「変な感じだ。何だかまだ…佐助が中にいるみたいで…」
「――……ッ」

 ぶわ、と言われた言葉に羞恥心が沸き起こる。だが当の本人は言ってしまってから、佐助の様子を見て自分の言ったことが地雷を踏んだと気付いたらしい。
 ぱたぱたと手を動かして誤魔化す仕種が愛おしくなる。

「あ、いや…――その、な」
「俺、今さぁ…旦那をぎゅーってしたいんだけど」

 手を伸ばして幸村の肩から背に流れている髪を振り払う。そして肩を引き寄せた。

「していい?」

 こくん、と微かに幸村の顎先が動く。それを確認してから佐助は横になりながら、幸村の身体を自分の胸に引き寄せた。そうすると彼の鼻先が首元にふれる。

「幸せ〜…どうしよう、本当に俺、幸せすぎてどうしよう」

 ぐりぐりと頬摺りすると、幸村が「ぎゃああ、破廉恥なッ」と叫ぶ。それに「今していたことは破廉恥じゃないの?」と聞くと、彼はくるりと身体を反転させて背中を向けてしまった。佐助は背を向けた幸村の肩に乗り上げるように、ずりずりと近づく。そして耳元に囁いた。

「旦那」
「うん?」
「好き」
「――――…ッ」

 くる、と振り返った幸村の顔が、泣き出しそうな程に歪んで――まるで林檎のように紅くなっていく。それに気を良くして佐助は悪戯半分に彼に告げる。

「好きだよ、大好き、大大大好きッ」
「ももももういいッッ!」

 くるっと再び背中を向けてしまった幸村を背後から抱きしめる。抱きしめながら、くふくふと咽喉の奥で笑うと、意地悪でござる、と彼は小さく言った。

「照れなくてもいいじゃない〜?」
「照れてなど居らぬッ」

 声を張り上げる幸村に余裕が無いことなんてしっている。佐助は片肘をついて、上から幸村を覗き込んだ。

「ねぇ、旦那」

 指先で彼の髪を掬って、くるくると弄ぶ。もし髪の先まで感覚があるのなら、彼はどうするのだろうか。佐助は肩を押して彼を仰向けにさせると、まだ動揺の隠せないままの幸村を上から見下ろして微笑んだ。

「――なんだ?」
「明日、何食べたい?」

 聞きながら優しく彼の眦を撫でて行く。涙に濡れていた筈の其処には、うっすらと痕が残っていた。幸村はなでられている間、うっすらを瞳を眇めていく。

「食べたいもの、朝に作ってあげる。だから言って?」
「――佐助の作ったオムレツ」

 ぼそ、と幸村が佐助を見上げながら言う。応える彼に佐助は――幸村の鼻先に口付けを落としてから、間近で笑った。

「にんじん入れても食べてよ?」
「うッ…――た、食べるッ」

 人参の一言で一瞬、厭な顔をした幸村だったが、やけに漢前に眉をきりりとさせる。強がりが解るだけに笑うしかないが、佐助は再び彼の頬に手を添えると、ゆっくりと顔を近づけていく。

 ――ちゃらら〜ちゃらら〜

 不意に場にそぐわぬ明るい音が鳴り響いた。口付ける手前で、ぴたり、と身体の動きを止める。

「――…これ、旦那の携帯じゃ…?」

 ――雰囲気ないね。

 佐助が、はあ、と大きく溜息を付くと、幸村は慌てて佐助の下から腕を伸ばして、自分の脱ぎ散らかした服を探り出す。

 ――ひょい。

「あ…――ッ」

 幸村が探り当てる寸前、上から佐助の手が伸びて、幸村の携帯を取り上げる。そして空かさず佐助は電話口に出た。

「はい?」
「こんばーんは!」
「ちょ…――ッ、どーして慶ちゃんが旦那の携帯知ってんの?」
「え?佐助?俺番号間違えた?」

 途端に携帯から響いたのは聞き覚えのある声だった――前田慶次の明るい声が携帯の電話口から響く。彼は佐助が出たことに一瞬驚いたようだった。

「間違えてない」
「ああ、幸村の携帯に出てるのね。番号しってんのは、んー…俺なりに気を利かせて?」

 無邪気な声に佐助は、自分の目元に掛かる髪を掻きあげて問うた。その際に幸村の手が伸びてきて、佐助の手から携帯を取り上げようとする――幸村を遠ざけるように佐助は腕を突っ張って彼を押し留めた。

「――で、何の用よ?」
「あんまり邪険にしないでよぅ。ほら、花火の日の確認」
「花火…ね」

 じたばたする幸村を片手でいなしていると、不意に佐助の肩に温かい感触が落ちてきた。

 ――がぷ。

「――っわ」

 思わず、びく、と肩を揺らすと、ベッドの上の幸村が肩に噛み付いてきていた。

「佐助、某に掛かってきたのだろう?」
「旦那はいいから寝てて」

 佐助は携帯を遠ざけながら、そっと幸村の頬に口付ける。だが幸村は不服そうに唇を尖らせていた。

「え、ちょっと!何、幸村傍にいるの?」
「いなかったら電話出てない」

 ぎゃああ、とはしゃいだ慶次の声が電話口から響く。佐助は眉根を寄せて――眉間に皺を寄せながら再び耳に電話を当てた。

「うぅわぁ〜…俺、お邪魔だったね」
「うん、ホントにお邪魔なタイミングだよ」

 佐助が少しの棘を含ませて言うのを、慶次は気にしていないようで、さらさらと用件を話し出す。

「えっとね、花火の日、政宗の誕生日だろ?ちょっと祝ってやりたいなと思って」
「いいんじゃないの?」

 話している間、幸村は背後から佐助の肩越しに自分も耳を近づけて、必死に電話の内容を聞いていく。その仕種がまた愛らしくて佐助の口元に笑みが浮かんでいった。





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Date:2009.08.26.Wed.23:40