Cherry coke days 小雨に降られる前に家路に辿り着いた元就は、珍しく元親に「寄って行くか」と訊ねてきた。勿論それを元親が断ることもなく、元就の家に上がりこむ。 いつもながらの廊下を歩きながら、雨が入らないように雨戸を閉めていく元就に手伝い、元親も彼の自室までの廊下の雨戸を閉めていく。 「其処は開けておいて良い」 「ああ…お前の部屋の前だもんな」 締めかけた雨戸を戻すと、元就が障子をからりを開け放ち、座布団を廊下に出す。そして其処に座るようにと指差した。 元親は心得たとばかりに座布団の上に座ると、もうひとつの座布団を自分の膝の上に乗せた。 「おい、我の座布団を取るな」 「違ぇよ。ココに座れっての」 「――貴様の膝の上か」 「いいだろ?これ位はさ」 元親は、ぼふぼふ、と座布団を叩いてみせる。それを見下ろしながら元就がどんどん剣呑な表情を浮かべ始めていた。 「何ぞ、企んで居るわけではなかろうな?」 「信じてくれよ、元就」 ぎろ、と睨みつけられながらも元親は立っている元就に手を伸ばし、ぐい、と手首を掴んだ。そうすると元就も観念したのか、しぶしぶながら腰を下ろし、元親の――胡坐の上の座布団の上に腰掛ける。 ――ぎゅ。 背後から腕を回すと、空かさず元就が振り向く。 「貴様、何もせぬと…――」 「何もしてねぇよ。ただ抱っこしてるだけ〜」 「おのれ…」 ぐう、と詰まりながらも元就は元親の腕を振り払わなかった。むしろ彼を背もたれにして体重を掛けていく。元親が苦笑しながら、元就の肩に顎を乗せた。 「お前さぁ、昔っからこうして抱きしめられるの、嫌いじゃないだろ?」 「それは貴様が抱きつくからだろう?」 「だって、抱きしめないと…どんどん先に行きそうでさ」 ――昔っから、お前の手にしがみ付いてさ。 そうして同じ速度で歩いてくれるように、元就の手を何度も引いたものだった。時には身体全体で抱きしめて引き寄せて、彼に「待って」と伝えたものだった。 その位に元就は真っ直ぐに前だけを見て突き進んでいってしまう。時々は背後を振り返って欲しかった。元親は元就の肩に額を押し当てて、溜息を共に告げた。 「ごめんな」 「――――…?」 「ごめんな、好きになって」 謝った元親に元就は何かを言いかけ、口を閉じると軽く首を振った。二人の座る部屋の廊下の先には、小雨がしとしとと降り始めていた。それを見上げながら元就は静かに口を開く。 「いや…――」 「でも好きなんだ」 立て続けに、好き、と元親が続ける。肩に顔を埋めて腕に力を込めたままで、元親は元就に告げていく。元就が口篭りながら、小さな――本当にか細い声で答えようとする。 「それは、我も…――」 言いかけた瞬間、元親が肩口から顔を起して、はっきりとした口調で否定した。 「違うだろ?」 「――――…?」 「お前の好きと、俺の好きは、違うだろ?」 そう言われて元就は口を閉ざすしか出来なかった。肩越しの彼を振り返りながら、じっと碧色に光る彼の瞳を見つめていく。 「本当にごめんな。勝手に…好きになってさ。友達でなんて居られなくなって、ごめん」 「元親……」 へな、と彼の眉が困っている時のように下がる。元親は苦笑しながら――どうしてこんな告白で笑っていられるのか解らないのが、口元に笑みを浮かべていく。 「俺の好きはさ、浅ましい方の好きなんだよ。好きになって、どんどんお前意外に狭量になっていく。お前を独占したいんだよ」 其処まで言われて元就は元親から視線を外すと、外へと向き直る。元親の膝の上に座ったままで、自分の両足を抱えていくと、元親の腕が振り解かれた。彼は腕を背後に突っ張り、少しだけ上体を反らした。 「もし…我が此処で貴様の気持ちを踏みにじったらどうする?」 「諦めねぇよ」 「元親…――」 振り返ると、直ぐに元親の手が伸びてくる。 いつの間にかこんなに大きくなったのかと聞きたいくらいに、大きな手が――頼りがいのある手になっていた――するりと伸びてきて、元就の頭に触れる。 「だって年季入ってんだぜ?」 ――そう簡単に諦めてなるもんかよ。 そう言って元親はくしゃくしゃと元就の頭をなでた。そうして撫でられていると、素直に縋り付きたいような気もする。だがそれは元就のプライドが赦さない。直ぐにその手を振り払い、元就は元親に背を向けて、庭に降り始めた小雨の作る水紋を見つめていく。 「勝手にしろ」 「ああ、勝手にさせてもらう」 ふふ、と嬉しそうに元親が笑う。そしてその直後、元親の携帯が流行の曲を響かせて鳴っていった。 →24 Date:2009.08.26.Wed.20:55 |