Cherry coke days





 映画を観て、街中を二人で並んで歩いて、その合間に色々話して――学校では出来なかったことを繰り返している状況に、なんだか足元がふわふわと浮いているような感じだった。
 夕食時には政宗がリクエストした通りに焼肉店へと足を向けた。小十郎は「本当は電車で二駅先に美味しい韓国料理の店があるんだが」とお絞りを手にして政宗に話しかけてきた。チェーン店のこの店も嫌いではないが、どうせなら小十郎が薦めてくれる方がいいと、政宗は身を乗り出した。

「え?じゃあ…このまま移動しようぜ?」
「それが、今日休みらしくてな」

 ――さっき電話して聞いてみたんだがな。

 少し残念そうに小十郎がメニューを開く。そして開くと同時に政宗に向けてくる。メニューを受け取りながら、政宗は一度唇をきゅっと引き絞ると、それじゃあ、と繋いでいく。

「其処、今度連れてってくれよ」
「そうだな。あそこのプルコギとサムギョプサルは旨いんだ」
「――……?どんなのだよ、それ」

 小十郎の口から出てきたのが呪文のようで思わず首を傾げてしまう。小十郎は、ははは、と声を出して笑うと「どれにする?」と聞いてきた。
 政宗が慌ててメニューに向き合うと、彼は頬杖をついて此方を眺めてきていた。

 ――ちくしょう、どうしてそう優しい顔すんだよ!

 見つめられているかと思うと、どくどくと鼓動が早鐘を打っていく。時々見せる色めいた仕種に気まずい思いをするのは、政宗一人だけだ。それがどうしても悔しくてならない。

 ――どうせ、俺なんて生徒の一人くらいにしか…

 そう思いついてから首を軽く振る。マイナスに考えるのはよくない。それよりも目の前に彼がいてくれることの方が重要だ――これは紛れもなく現実なのだから。
 政宗がメニューから顔を上げると小十郎は店員を呼んだ。そして次々と慣れた様子で注文を入れていく。
 程なくして目の前に飲み物とお通しがやってくる。
 二人ともウーロン茶で乾杯をしてから、小十郎は箸を薦めてきた。受け取りながら政宗は彼の手元のウーロン茶を指差す。

「なぁ、片倉」
「うん?なんだ?」
「ビール、呑んでいいんだぜ?俺に合わせなくてもよ」
「――俺一人、酔ってたって仕方ないだろ。今日はお前と一緒なんだ。合わせて当然だろ」
「――……本当に、いい奴だよな、あんた」
「こら、年上は敬え」

 わしゃ、と政宗の頭に小十郎の手が載せられる。それを嫌がることもせずに受けていると、まるで子どもの時に戻ったかのような気分になってしまう。

「おまたせしました〜」

 顔を上げかけた政宗が口を開きかけた時、頭上で間延びした店員の声が響いた。そうなると次には否が応でも腹が空腹を訴え始める。

「さて、食うか」
「ああ…あ、片倉、カルビと豚トロは俺のだからな」

 皿から適当に網に肉を載せていく小十郎に、びし、と指先を向けると彼は、解ってるよ、と苦笑していった。










 一通り食べ終わり、冷麺で締めようとしていた時にふと政宗は肝心なことを思い出した。

 ――花火に誘えよ!

 脳裏に慶次の声が響いてくる。すっかり忘れていた。政宗は小皿に冷麺を取り分け、味見とばかりに小十郎に薦める。

「冷麺かぁ…いつもビビンパで締めてしまうから、初体験かもしれん」
「そうなのかよ?旨いぜぇ。騙されたと思って食ってみ」
「お、ホントだ。旨いな」
「だろ、だろ?」

 自分が薦めたものを小十郎が受け、それを美味しいと言う――同じ感覚を味わっているようで嬉しくなる。政宗もまた目の前のどんぶりに入っている冷麺に舌鼓を打ちつつ、再びハッとする――慶次の言葉だ。

 ――駄目元で誘ってみるか。

 機会を窺っているうちに楽しさや、驚きですっかり忘れてしまっていた。ともすると再び流しきってしまいそうになる。政宗は、ぐっと顔を上げると正面の小十郎に心なし身を乗り出して問うた。

「あの…さ、片倉」
「うん?どうした」

 もごもごと口の中で何度か呟く。自分から誘うのがどうしても苦手な気がしてしまう。これが友人なら訳もないというのに、相手が小十郎だとどうしてもすんなりと言葉が出てこない。だが小十郎は焦らずに待っていてくれた。

「その…今日の礼っていうか…――その、花火!」
「花火?」
「花火、行かねぇか?八月三日なんだ」
「三日か…――」

 どれ、と小十郎が手帳を引っ張り出す。それと同時に日にちを言ってから、何かあったな、と政宗は記憶を探っていく。そしてはたと気付いた。

「あっ!」
「どうした?」
「三日って…――俺の誕生日だ」

 ――すっかり忘れてた。

 肩からすとんと力を抜きながら、テーブルの上を見つめて言うと、ふふふ、と小十郎が苦笑してきた。

「お前、自分の誕生日くらい覚えてろ」

 何もいえなくなっていると、小十郎は目の前で開きかけた手帳を、ぱたん、と閉じた。そして彼もまた少しだけ身を乗り出してくる。

「よし、じゃあ…行こうか」
「マジかよ?」
「ああ、誕生日、祝ってやろう」

 ――神様仏様ご先祖様慶次様!!

 政宗はその一言で一気に胸の内で唱えた。中に慶次の名前が入ってしまったのは愛嬌としか言えない。かぁ、と頬が熱くなる。それを悟られないように政宗は丼を抱えて冷麺を急いで口に運んでいった。
 長いはずの夏休みが、どんどん楽しいものになって行く気がしてならなかった。





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Date:2009.08.24.Mon.23:31