Cherry coke days





 家に着いたのとほぼ同時――門を潜ったあたりから、ぱらぱら、と雨が降り込んできていた。降るとは思っていたが酷い降りにはならなそうだ。

「いやぁ、セーフ、セーフ」
「まことに」

 勝手口から中に入る。楽しかった、と話し合いながら廊下から歩いていくと、ふと幸村の顎先に何かついているのに気付いた。佐助は何気なく手を伸ばした。

「旦那、なにつけて…――」
「え…――?」

 びく、と幸村の肩が揺れた。廊下には電気がついていなく薄暗い。その為にはっきりとは解らなかったが、揺れた幸村の顔が瞬時に赤くなっていく。

「あ、な…何か、付いているのか?」
「旦那…」

 ――もしかして意識している?

 佐助は伸ばした手を引っ込めて、少しだけ身をかがめた。そして囁くように幸村の耳元に言うと、幸村はぐっと拳を握った。そうしている内に、再び佐助が手を伸ばし、顎先に触れる。指先を触れさせている間、幸村の瞳が一点を見つめて見開かれていた。

 ――こくん。

 幸村の小さく咽喉を鳴らす音が耳に突き刺さる。薄暗い中で佐助が指先で拭って、それを自分の口元に向ける――そして微かに口に指先を入れると、ふふ、と笑い出した。

「旦那、これ焼き鳥のタレだよ」
「――…そ、そうか。顔、洗ってくる」

 くる、と佐助が踵を返そうとする。だが即座に佐助は幸村の腕を掴んだ。振り返る幸村の長い髪が、ふわりと弧を描く――その瞬間だけ、スローモーションのように見えた。

「洗わなくていいよ」
「え…――」

 振り返った幸村の瞳が見開かれている。佐助は逃げられないように、ぐっと引き寄せると自分の腕の中に幸村を閉じ込める。そして間近で囁いた。

「俺様が綺麗にしてあげる」
「な…――さす…っ」

 驚きの声をあげようとした彼の顎先を掴みこみ、鼻先に吐息を吹きかける。そしてそのまま二の句を奪うように唇を重ねた。

 ――くちゅ

「っふ…――んん」

 開かれた口に、舌先を滑らせて掬い上げるようにして舌を絡める。逃げようとする舌を深く吸い上げ、そのまま引き上げながら唇を離すと、少しだけ幸村の舌先が口からはみ出し、まるで誘っているかのようだった。
 はふ、と息を付く彼の咽喉を仰のかせて、顎先から唇を滑り下ろしていく。すると佐助の舌先に、じんわりと焼き鳥のタレの味が触れる。思わず、ふふ、と笑いながら舐め取っていく。

「ヤダねぇ…旦那、何処までタレ落としてたの」
「は…――さ、佐助、離してくれ」

 佐助の胸元に手を当てて、そのまま突っぱねようとする彼の腕を取り、自分の肩に引っ掛ける。そして佐助はそのまま幸村のTシャツの襟首に噛み付いた。

「駄ぁ目。これ、染みになっちゃうよ」

 そういいながら、身を屈めていく。よく観れば確かにシャツにもタレが付いていた。だがそれよりも、幸村の身体の熱さがシャツ越しでも肌に触れてきて、佐助を誘ってくるようだった。

 ――なんか、凄くやらしい気持ちになるんだけど。

 赤面する幸村が先程までの彼と別人のように感じられてしまう。その位に可愛く見えてしまうから重症だ。
 腕に彼の身体を閉じ込めて、鼻先を胸元に埋めるだけで、くらくらと彼のにおいに酔ってしまいそうになる。佐助は背後に回していた手を、シャツの合間から滑り込ませた。

「あっ、――ちょ、」

 背中に触れる手に、幸村が身じろぎする。それと同時に、シャツの上から幸村の胸元に吸い付いた。

 ――じゅ、

「んん――…」

 唇でくにくにと食んでいくと、徐々に胸の突起の形が浮き出てくる。少し硬さを増したそれを、唇で挟み込んで吸い上げたり、歯で甘噛みしたりと繰り返していく。

「っふ、ぅん…――」

 ふるふる、と幸村の身体が細かく硬直する。

 ――感じてるんだ。

 こり、と硬さを増した胸元に、指先を這わせて摘みこむと、その先に舌を尖らせて舐っていった。

「もう硬くなってる。解る?」
「え?」

 す、と顔を起こして幸村を見上げると、甘い吐息を吐き出していた彼は、ほっと身体の力を抜く。そして涙目になりながらも、はふはふ、と呼吸をくりかえしていく。

「ほら、シャツの上からも形、わかるよ」

 ――こり

 指先で見せ付けるようにして摘みあげると、大きく幸村の身体が跳ねた。

「あ、……っは、んっ、ん…」

 幸村を見上げながら、指で胸元ばかり弄っていく。先程まで舐めていたせいで、胸の部分だけ両方とも濡れてしまっているのが、やたらと扇情的だった。

「濡れてるシャツが、擦れるでしょ?」
「や…佐助」
「んー?」

 は、は、と途切れがちになりながら、幸村が肩を押しのけようと腕を突っ張る。何かを訴えたいのは重々承知だったが、とりあえず逃がす気もなかったので、両手を幸村の腰に絡める。すると、幸村はふいと顔を背けた。

「そんな、布越しじゃなくて」

 ――直に触って

 一瞬、佐助の動きが止まった。訊き間違いではないかと、何度か今の言葉を反芻する。そして佐助は鼻先を幸村に近づけていった。

「いいの?」
「――…ぅ」

 ぐ、と口を真一文字に引き結んだ幸村が、眉根を引き結んで頷く。たぶん彼にとっては恥ずかしくて仕方ない――羞恥の極みなのだろう。だが佐助にはそれを労ったりする余裕がなくなってきていた。

「ホントにいいの?」
「――――…ッ」

 ――ぐい

 強く幸村の腰を引き寄せ、彼の足の間に自分の足を踏み入れる。そして興奮してきている下肢を示すように擦り付けた。腰を押し付けられながら幸村は再び、かあ、と耳まで紅くしていく。熱を帯びた耳朶に噛み付き、そのまま佐助は囁いた。声が興奮しすぎて掠れていった。

「そしたら、俺様…旦那を抱いちゃうよ?」

 ――それでも良いの?

「良い。お前なら…――佐助が相手なら」

 十分に猶予を与えた気はする。だが佐助が彼の許しをまつと、幸村は腕を佐助の首に絡めて身体を押し付けてくる。
 後は、ばたばたと縺れ込む様にして佐助の部屋に押し入ると、熱に浮かされたかのように、ただ身体を重ねていくだけだった。






 →22






Date:2009.08.11.Tue.05:01