Cherry coke days





 幸村が来たいと言った祭には、暗くなってから訪れた。
昼食を食べた後、家事を済ませてからと、ぱたぱたと動いている間、幸村は大人しく台所のテーブルで課題に取り組んでいた。

 ――部屋に行ってやればいいのに。

 そう思うが、いつの頃からか佐助が動いている間の、彼の定位置は其処になっている。自分達は祭で屋台物を食べるつもりでも、信玄はそうはいかない。
 佐助は焼き茄子の皮を剥きながら、時折背後の幸村の様子を見ていた。

「旦那、わからないところあったら言って」
「今のところ、大丈夫でござるよ」
「――数学?」
「いかにも」

 ――英語は苦手だから後回しなのね。

 幸村の裏を読んで、佐助は手元を動かしていった。そして一通り膳を作ると「母屋にいってくるね」と幸村に告げて信玄の元に食事を届けにいく。

「おお、今日は幸村と佐助は一緒ではないのか?」
「あ〜…俺達、祭に行こうと思ってまして」
「そうか、楽しんで来い」

 ――ぽん。

 信玄の大きな手が佐助の肩に触れる。佐助は何とはなしに、はい、と答えた。そして急いで離れに戻ると、勝手口のところに既に幸村が座って待っていた。

「佐助、早く行こう」
「待ちくたびれた顔しちゃって、まぁ…」

 呆れながらも、瞳をきらきらとさせている幸村の後ろに続く。半歩先を歩きながら、早く、早く、と急く彼に子犬のようだと思いながら着いてく。
 たどり着いた神社の入り口には鳥居が重なってあった。其処に足を踏み入れていくと――陽が落ちていることもあって、不思議な感じがした。腹の底から、ずしりと内臓が重くなっていくような感覚だ。

 ――夜の気配、って感じだよね。

 深夜に時々、夜更かしをしていても感じる感覚――だが、目の前の幸村はそんなのも気付いているのかは解らない。
 彼は目の前に広がった屋台の並びに、ぱあ、と表情を明るくさせていった。

「旦那、食べすぎないでよ」
「解ってる。佐助、佐助、イカだ!」
「はいはい」

 目の前にあった屋台を指差して幸村が駆け込む。その後に続きながら、境内の奉納舞の音が耳に響いてきていた。










 さんざん屋台を楽しみ、遊び尽くす――こんな風にはしゃいだのは何年振りだろうかとさえ思っていると、焼き鳥を咥えた幸村が、佐助の頭にひょいと何かをかけた。

「なに…?」
「そこで売ってた。面だ」
「――キャラクターものじゃないよねぇ?」
「違うぞ。なんだか綺麗でな」

 手を添えて外してみると、白地に金と赤の模様をあしらった狐面だった。その面を見つめながら、幸村ははぐはぐと焼き鳥を食べていく。指先についたタレを、ぺろ、と舐め取ってから面と――佐助を指差した。

「佐助はそういうの、古風なのも、似合う」
「――俺様、お稲荷さん?」

 ふふふ、と笑ってふざけて被ってみせる。だが直ぐに、幸村がぐわっと拳を握った。

「稲荷寿司…――ッ」
「違うからっ、それっ」

 ――どうして食べ物しか頭回らないの!

 佐助が横に面をずらして突っ込む。そして手に持っていた水ヨーヨーで、べしゃ、と幸村の横っ面を叩いた。

 ――ふわ。

 ふと鼻先に湿った空気の感触が迫ってきた。佐助が空を仰いでから、雨降りそうだよ、と言うと幸村は、そうか、と頷いた。こういうのは得意で、たいてい予想が外れたことはない。

「さて、そろそろ帰る?」
「うむ…――?」

 佐助が手を差し出すと幸村が素直にその手に、自分の手を絡めていった。






 →21




Date:2009.08.10.Mon.19:01